棺桶の花嫁
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)爛漫《らんまん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)|眩しい乙女《シャイニング・ミミー》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+劣」、第3水準1−84−77]
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1
春だった。
花は爛漫《らんまん》と、梢に咲き乱れていた。
時が歩みを忘れてしまったような、遅い午後――
講堂の硝子窓のなかに、少女のまるい下げ髪頭が、ときどきあっちへ動き、こっちへ動きするのが見えた。
教員室から、若い杜《もり》先生が姿をあらわした。
コンクリートの通路のうえを、コツコツと靴音をひびかせながらポイと講堂の扉《ドア》をあけて、なかに這入《はい》っていった。
ガランとしたその大きな講堂のなか。
和服に長袴《ながばかま》をつけた少女が八、九人、正面の高い壇を中心にして、或る者は右手を高くあげ、或る者は胸に腕をくんで、群像のように立っていた――が、一せいに、扉のあいた入口の方へふりかえった。
「どう? うまくなったかい」
「いいえ、先生。とても駄目ですわ。――棺桶の蔽《おお》いをとるところで、すっかり力がぬけちまいますのよ」
「それは困ったネ。――いっそ誰か棺桶の中に入っているといいんだがネ……」
少女たちは開きかけた唇をグッと結んで、クリクリした眼で、たがいの顔を見合った。あら、いやーだ。
「先生ッ――」
叫んだのは小山《こやま》ミチミだ。杜はかねてその生徒に|眩しい乙女《シャイニング・ミミー》という名を、ひそかにつけてあった。
「なんだい、小山」
「先生、あたしが棺の中に入りますわ」
「ナニ君が……。それは――」
よした方がいい――と云おうとして杜はそれが多勢の生徒の前であることに気づき、出かかった言葉をグッとのどの奥に嚥《の》みこんだ。
「――じゃ、小山に入ってもらうか」
英語劇「ジュリアス・シーザー」――それが近づく学芸会に、女学部三年が出すプログラムだった。杜先生は、この女学校に赴任して間もない若い理学士だったが、このクラスを受持として預けられたので、やむを得ずその演出にあたらねばならなかった。
はじめ女生徒たちは、こんな新米の、しかも理科の先生になんか監督されることをたいへん不平に思った。でも練習が始まってみると、さすがに猛《た》けき文学少女団も、ライオンの前の兎のように温和《おとな》しくなってしまった。そのわけは、杜先生こそ、理学部出とはいうものの、学生時代には校内の演劇研究会や脚本朗読会のメムバーとして活躍した人であったから、その素人ばなれのした実力がものをいって、たちまち小生意気な生徒たちの口を黙らせてしまったのである。
空虚《から》の棺桶は、ローマの国会議事堂前へなぞらえた壇の下に、据《す》えられていたが、これはふたたび女生徒に担がれて講堂入口の方へ搬《はこ》ばれた。
この劇では、黒布《くろぬの》で蔽われたシーザーの棺桶は、講堂の入口から、壇の下まで搬ばれる、そこにはアントニオ役の前田マサ子が立っていて、そこで棺の蔽布《おおい》が除かれ、中からシーザーの死骸があらわれる、それを前にして有名なるアントニオの熱弁が始まるという順序になっていた。
ところが、そのアントニオは、空虚《から》の棺桶を前にしては、一向力も感じも出てこないため、どうしても熱弁がふるえないという苦情を申立てた。――
講堂入口の、生徒用長椅子の並んだ蔭に、空虚の棺桶は下ろされ、黒い蔽布が取りさられた。
小山ミチミは、切れ長の眼を杜先生の方にチラリと動かした。いつものように先生はジッと彼女の方を見ていたので、彼女はあわてて、目を伏せた。そしてスリッパをぬぎ揃えると、白足袋をはいた片足をオズオズ棺のなかに入れた。
「どんな風にしますの。上向きに寝るんでしょ」
そういいながら、小山は長い二つの袂《たもと》を両手でかかえ、そして裾を気にしながら、棺のなかにながながと横になった。
「アラッ――」
ミチミの位置の取り方がわるかったので、彼女の頭は棺のふちにぶつかり、ゴトンと痛そうな音をたてた。
杜先生は前屈《まえかが》みになって素早くミチミの頭の下に手を入れた。
「……ああ起きあがらんでもいい。このまますこし身体を下の方に動かせばいいんだ。さ僕が身体を抱えてあげるから、君は身体に力を入れないで……ほら、いいかネ」
杜先生は両手を小山の首の下と袴の下にさし入れ、彼女の身体を抱きあげた。
「ほう、君は案外重いネ。――力を入れちゃいかんよ。僕の頸につかまるんだ。さあ一ィ二の三ッと――。ううん」
ミチミは、顔
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