訝《けげん》な顔つきをしているお千の方に振りかえった。
「――さあ、まず焼けトタンを十枚ほど拾いあつめるんだ――」
 杜は手をふって、お千に命令を下した。
 お千は杜の権幕《けんまく》に愕《おどろ》いて、命令に服従した。そして邸跡にトタン板を探しはじめた。
「オイ、早くしろ。腕なんか釣っているのをよせッ。両手を使ってドンドンやるんだ」
 お千は目を瞠《みは》って、釣っていた左の手を下ろした。
 トタン板が集められると、こんどは柱になるような木が集められた。溝の中に落ちていた丸太やら、焼け折れている庭木などが、それでも五、六本集められた。つづいて水びたしになっていた空虚の芋俵が引上げられ、その縄が解かれた。太い針金が出てきた。
 そうした建築材料が集まると、杜はそこに穴を掘って棒を立てた。それから横木や、床張りの木を渡し、屋根には焼けトタン板を何枚も重ねあわした。――バラック建がこうして出来上った。もう正午に近かった。
 二人は救護所まで出かけて、昼食の代りにふかし芋を貰ってきた。それを喰べ終ると、二間ほどある縄切れを持って、拾い物に出かけた。
 欲しいものは、なるべく大きな板切れと、なるべく広い布《きれ》であった。それにつづいて蓆《むしろ》か綿か、さもなければ濡れた畳であった。
 二人は眼を光らせて、それ等のものを探して歩いた。はじめは、焼け跡に立ちかけている本物のバラック建の家や、河や溝の中を探しまわっていたが、そのうちにそんなところよりもむしろ罹災者《りさいしゃ》あての配給品が集まってくるところの方に、物資が豊かであることに気がついた。それは多くは橋の袂《たもと》とか、町角《まちかど》とかに在った。
 欲しいものは、たいてい重かった。二人の力はすぐに足りなくなった。一つの俵を引きずって帰っては、また駈け足をしていって、別な一つの函を担いで帰るという有様だった。
 でも人間の一心は恐ろしいもので、かなり豊富な畳建具の代用材料が集まった。そのときはもう日がすっかり傾いて、あたりはだんだん暗くなっていった。
 二坪ばかりの小屋のうち、僅かに一坪ほどの床めいたものを作り、その上に俵をほぐして、筵《むしろ》を敷いた。その上に藁《わら》を載せた。どうやら寝床のようなものが出来た。
 まだ作らなければならぬものが沢山あったけれど、もうあたりが暗くなって駄目だった。途中で貰ってきた手拭づつみの握り飯を二人で喰べると、昼間の疲れが一時に出てきた。
 二人はだいたい睨《にら》み合って、無言の業をつづけていたが、疲労から睡魔の手へ、彼等はなにがなんだか分らないうちに横にたおれて前後不覚に睡ってしまった。
 次の日の暁が来たのも、もちろん二人は知らなかった。どっちが先とも分らず目が覚めたが、そのときはもう太陽が高く上っていて、バラックの外には荷車がギシギシ音を立てて通ってゆくのが聞えた。
 杜は目が覚めたが、何もすることがないので、そのままゴロリと寝ていた。頭と足とを逆に寝ていたお千は、藁の中に起きあがった。そして下駄をつっかけると、天井の低い土間に突立《つった》って、物珍らしそうに小屋のうちを眺めまわした。お千がなんとなく嬉しそうにニコリと微笑《ほほえ》んだのを、杜は薄眼の中から見のがさなかった。
 お千が小屋の外に出てゆくと、間もなくガヤガヤと元気な人声がした。なんだか木の箱がゴトンゴトンとかち会う音などが聞えた。なんだろうなと思っているうちに、お千がヌッと小屋のなかに入ってきた。彼女は両手に沢山の品物を抱えていた。
「あんた、こんなに貰ったのよ。みな配給品だわ。林檎《りんご》もあるわ。缶詰に、ハミガキに、それから慰問袋もあんたの分とあたしの分と二つあるわよ。――さあ起きなさいよォ」
 お千はすっかり機嫌を直していた。
 配給品が時の氏神《うじがみ》であった。二人はそれを並べて幾度も手にとりあげては、顔を見合わせて笑った。
「昨日のことは――あのことは、あんた忘れてネ。あたし、どうかしていたのよ。いくらでも謝るわ」
 お千はいい潮時《しおどき》を外さず、愧《は》ずかしそうに素直に謝った。
「うん、なァに、なんでもないさ。――」
 杜はいままでに一度も懸けたことのない優しい言葉を云った。その優しい言葉は、お千に対してよりも、自分自身の侘《わび》しい心を打った。彼はなんだか熱いものが眼の奥から湧いてくるのを、グッと嚥《の》みこんだ。


     8


 昨日に続いて、杜とお千とは、また連れだって拾い物に出かけた。
 ちょっとした煮物の出来る竈《かまど》も出来たし、ミカン函を改造して机兼チャブ台も作った。裏手には、お千のために、往来からは見えないように眼かくしをした軽便厠《けいべんがわや》をこしらえた。入口には、杜の名をボール函の真に書いて表札
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