た。
アントニオが壇上で大きなジェスチュアをする。
「おお、ローマの市民たちよ!」
と、前田マサ子がここを見せどころと少女歌劇ばりの作り声を出す。
そこで棺の黒布がしずかに取りのぞかれる。……
――と、シーザーならぬ小山ミチミが棺の中に横たわっているのが見える――
という順序であったが、棺の蔽いを取ってみると、意外にも棺の中は空っぽだった。
「おお、これはどうしたッ」
「アラ小山さんが……」
一同は肝を潰《つぶ》して、棺のまわりに駈けよった。
「……あのゥ先生、棺をもちあげたとき、あたし変だと思ったんですのよ。だって、小山さんの身体が入っているのにしては、とても軽かったんですもの」
「ええ、あたしもびっくりしたわ」
「でも、担いでしまったもんで、つい云いそびれていたんですわ」
講堂入口をみたが、扉《ドア》はチャンと閉まっている。さっき棺桶を置いてあった長椅子の蔭をみたが、さらに小山ミチミの姿はなかった。たださっき彼が脱ぎそろえたスリッパがチャンと元のとおりに並んでいる。
杜先生は、講堂の扉を開けてとびだした。外には風もないのに花びらがチラチラと散っているばかりで、誰一人見えない。
不思議だ。
彼は大声をはりあげて、見えなくなった少女の名を呼んでみた。――しかしそれに応えるものとては並び建つ校舎からはねかえる反響のほかになんにもなかった。それはまるで深山幽谷《しんざんゆうこく》のように静かな春の夕方だった。
杜はガッカリして、薄暗い講堂の中にかえってきた。女生徒は入口のところに固まって、申し合わせたように蒼い顔をしていた。
「どうも不思議だ。小山は、どこへ消えてしまったんだろう!」
杜は、壇の下に置きっぱなしになっている空っぽの棺桶に近づいて、もう一度なかを改めてみた。たしかに自分が腕を貸して、この中に入れたに違いなかったのに……。
「変だなァ。――」
彼は棺の中に、顔をさし入れて、なにか臭うものはないかとかいでみた。たしかに小山ミチミの入っていたらしい匂いがする。
「オヤ――」
そのとき彼は、棺の中になにか黒いような赤いような小さな丸いものが落ちているのに気がついた。
なんだろうと思って、それを拾いあげようとしたが、
「呀《あ》ッ、これは――」
と叫んだ。釦《ぼたん》か鋲《びょう》の頭かと思ったその小さな丸いものは、ヌルリと彼の指を濡
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