の手首の皮が手袋をぬいだように裏返しに指先から放れもやらずブラ下っているのであった。皮を剥ぎとられた部分は、鶏の肝臓のように赤むけだった。
 杜は気絶をせんばかりに愕いたが、ここでひっくりかえってはと、歯をくいしばって耐《こら》えた。そして素早く、そのグニャリと垂れ下った女の手の皮を握ると、手袋を嵌《は》めるあの要領でスポリと逆にしごいた。それは意外にもうまく行って、手の皮は元どおりに手首に嵌《はま》った。しかし手首のすこし上に一寸ほどの皮の切れ目が出来て、いくら逆になであげても、そこがうまく合わなかった。――でも女の命は遂に助かったのだ。
 気がつくと、女は気絶していた。
 なにか手首に捲《ま》かなければならないが、繃帯などがあろう筈がない。ハンカチーフも駄目だ。そのときふと目についたのは、この女の膚につけている白地に青い水草を散らした模様の湯巻だった。杜は咄嗟《とっさ》にそれをピリピリとひき裂くと、赤爛《あかただ》れになっている女の手首の上に幾重にも捲いてやった。


     5


 杜がトラックを下りると、お千も突然、あたしも下りると云いだした。
 それは翌九月二日の午前六時のこと。場所は、東京の真中新橋の上にちがいないのであるが、満目ただ荒涼たる一面の焼け野原で、わずかに橋があって「しんばし」の文字が読めるから、これが銀座の入口であることが分るというまことに変り果てた帝都の姿だった。
「お内儀《かみ》さんは、上野までのせていってもらったら、いいのに……」
 と、杜は女に云った。
「じゃあ早く乗っとくれ。ぐずぐずしていると其処へ置いてゆくぜ」
 と、満載した材木の蔭から、砂埃《すなぼこり》でまっくろになった運転手の顔が覗《のぞ》いた。
「ええ、あたし、此処でいいのよ。運転手さん、どうもすまなかったわねえ」
 運転手はあっさり手をあげると、ガソリンの臭気を後にのこして、車を走らせていった。
「じゃ僕も、ここで失敬しますよ」
 杜はカンカン帽のつばに、指をかけた。
 女は狼狽《ろうばい》の色を示した。
「待って。――後生ですから、あたしを、連れていって下さい」
「困るなァ。僕は僕で、これから会社へちょっと寄って、それから浅草の家がどうなったか、その方へ大急ぎで廻らなければならないんですよ。とてもお内儀さんの家の方へついていってあげるわけにはゆきませんよ」
 女
前へ 次へ
全47ページ中17ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング