なの口から一せいに白い息がはきだされて、部屋の方々に小さな虹《にじ》が懸った。紳士は一番奥まで行って、まだ誰も座っていない一番大きな机の上に鞄をぽんと投げ出し、それから後を向いて帽子掛に、鼠色の中折帽子をかけ、それから頸《くび》から白いマフラーをとってから、最後に鼠色《ねずみいろ》の厚いオーバァを脱いで引懸けた。それから身体をひねって、大机にくっついている回転椅子をすこし後にずらせて、その上に大きな尻を落着かせたのであった。かくして警視|田鍋良平《たなべりょうへい》氏は、例日の如くちゃんと課長席におさまったのである。
 少女の給仕が、縁《ふち》のかけた大湯呑《おおゆのみ》に、げんのしょうこを煎《せん》じた代用茶を入れてほのぼのと湯気だったのを盆にのせ、それを目よりも上に高く捧げて持って来た。課長は彼女がその湯呑を、いつもと同じに、硯箱《すずりばこ》と未決《みけつ》既決《きけつ》の書類|函《ばこ》との中間に置き終るまで、じっと見つめていた。
 少女の給仕が、振分け髪の先っぽに、猫じゃらしのように結んだ赤いリボンをゆらゆらふりながら、戸口近い彼女の席の方へ帰って行くのを見送っていた田鍋課長
前へ 次へ
全85ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング