も、別な手段でラジウムを取出す方法を研究に来たわけで、あのトランクには関係がないです。これはよく分ってもらわにゃ大迷惑《おおめいわく》だ。……臼井はどこへ行ったか知らん。船に乗っていたが、その後脱走したそうで、わしは知らん」
この陳述によって、あらまし筋は分って来たようである。
つまるところ、目賀野は本事件の主役ではなく、その傍系《ぼうけい》のドンキホーテ染《じ》みたところのある人物に過ぎないのだ。
「例のラジウム二百瓦が三原山の噴火口に投げこんであることは、いつ誰から訊《き》いたか」
課長は、最も重大なるところを突込《つっこ》んだ。
「そのことかね。それはあの臼井が、いつだったか、密書《みっしょ》を拾ったんだ。その密書に簡単ながら、そういう意味のことが書いてあった。その密書は臼井が持っている。わしではない」
「その密書の差出人《さしだしにん》は誰か。また受取人は誰なのか」
「名前ははっきり書いてなかった。ただ、差出人の名前に相当するところには、矢を二つぶっちがえた印が捺《お》してあった」
「矢を二本ぶっちがえた印が、ふうん。そして受取人の方には……」
「受取人の名前に相当する場所には、三本足の黒い烏《からす》の絵が書いてあった」
「何という、三本足の黒い烏の絵が?」
と、課長は驚愕《きょうがく》の色を隠《かく》しもせずに叫んだ。
「どうした課長。烏の絵になぜそんなに愕《おどろ》くのか。一体[#「一体」は底本では「体」]それは誰のことなんだ」
目賀野はいい気になって反問《はんもん》した。
「それは恐《おそ》るべき賊《ぞく》のしるしだ。烏啼天駆《うていてんく》という怪賊があるが知っているかね」
「ああ、怪賊烏啼か。烏啼のことなら聞いたことがあるが、若いくせに神出鬼没《しんしゅつきぼつ》の悪漢だってね。一体どんな顔をしているのかな、その烏啼というやつは……」
「それがよく分らない。烏啼と名乗《なの》る彼に会った者は誰もない。しかし脅迫状《きょうはくじょう》などで、烏啼天駆の名は誰にも知れ亙《わた》っている」
「捜査課長ともあろう者が、そんなぼやぼやしたことで、御用が勤《つと》まると思うのか」
「何をいう。いい気になって……」
課長は目賀野を元の留置場《りゅうちじょう》へ戻した。
怪賊《かいぞく》烏啼《うてい》
そのあとで課長は溜息《ためいき》ばかりついていた。この二つの事件に、怪賊|烏啼天駆《うていてんく》が関係しているとは、目賀野の話で始めて分った。そうなると、これはますます事が面倒《めんどう》になってくる。ありとあらゆる検察力を発揮《はっき》しないと、烏啼を引捕えることは出来ない。しかし、一体どこから手をつけていいか、分別《ふんべつ》がつかない。こういうときに帆村が居てくれれば、どんなに力になってくれるか分らない。が、彼にはこの事を知らせずに、この大島へ来てしまったことが後悔《こうかい》された。
だが、その帆村が、ひょっくりと課長の前に現われたもんだから、田鍋はおどろき且《か》つよろこんだ。彼は早速《さっそく》、この事件に烏啼天駆が関係していることを帆村に語って、帆村の助力をもとめた。
「それはいいことが分ったもんです。いや実は、僕が今日飛行機でここへ飛んで来たのは、本庁からの依頼で、あなたに手紙を持って来たのです。さあ、これを読んで下さい」
と、帆村は内ポケットから手紙を出して、課長に渡した。それは課長の次席にいる主任の芥川《あくたがわ》警部からのものだった。手紙の内容は、これまた愕《おどろ》きの一つだった。
「えっ、赤見沢博士が昏睡状態《こんすいじょうたい》から覚《さ》めたというか。そして君は博士に会って話をして来たって?」
「そうなんです。その結果、いろいろと分って来ましたよ。第一に、博士はあの晩、只《ただ》の鞄の中に、例のお化け鞄――つまり重力消去装置の仕掛けてある立派な把柄のついている鞄を入れて、電車に乗ったんだそうです。決して角材《かくざい》や古新聞紙は入れなかったといいます。つまり賊は、博士の鞄とそっくりの鞄を用意し、その中に角材を入れて、二重鞄と同じ位の重量とし、博士の鞄と掏《す》りかえるつもりだったらしい。博士は言明《げんめい》しています、自分が座席に座っていると、よく似た鞄を持った乗客が近寄って来て、博士の前に立ったそうです」
「そやつが怪しい!」
「そうです。誰が聞いても怪しい奴《やつ》ですが、そのとき博士は大いに要慎《ようじん》して、自分の持っている鞄を奪《うば》われまいとして、一生懸命|抱《かか》えこんだそうです。すると怪しい乗客の連《つ》れである若い女が博士の方へ身体をおっかぶせるようにのしかかって来て、女の膝《ひざ》が博士の膝を強く押した、すると急に博士は気が遠くな
前へ
次へ
全22ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング