であった。それを探究《たんきゅう》すべく、灯台の職員で、身の軽い瀬戸さんという中年の人と、その配下《はいか》の平木君という青年とが、身を挺《てい》してその松の木をよじ登って行った。
両人は松の枝にひっかかっている鞄を、枝から取外《とりはず》すと、把柄に縄《なわ》をしばりつけて、鞄を下へぶら下げて下ろした。下に集っていた連中はその鞄が下りてくるのを興味ぶかく見守っていた。その鞄の中から、赤い紐《ひも》が二本ぶらぶらと垂《た》れているのが、甚だ奇妙《きみょう》であったのと、その鞄が地面へつくと同時に、あたりが急にへんに臭《くさ》くなったことが特記せらるべきだった。
松の木をよじ登った両人も下りて来て、その鞄が半分は自分たちのもののような顔で鞄のそばへ近づいたが、その臭気《しゅうき》には顔をしかめずにはいられなかった。
「瀬戸さん。えらいものを下ろして来たな」
「なんじゃろうかなあ、この臭いのは……」
「その鞄の中が怪しいなあ。へんなものが入っているんじゃよ。女の生首《なまくび》かなんかがよ」
「嚇《おど》かしっこなしよ」
「鞄から出ている赤い紐な。それは若い女の腰紐じゃぞ。その腰紐が、先が裂《さ》けて切れているわ。それにさ、紐の先んところが赤黒く染《そま》っているが、血がこびりついているんじゃないのかい」
書記の青木が、とがった口吻《くちぶり》から、気味のわるい言葉を次々に吐《は》いた。立合いの衆《しゅう》は、いいあわせたように二三歩後へ下った。
「よおし、何が入っているか、一つ鞄をあけてくれよう」
「よしなよ、気味が悪い。海へ捨てちまいな」
瀬戸の妻君がいった。
「鞄をあけてから捨てても遅《おそ》くはないだろう。もし紙幣《さつ》が百万円も入っていてみな、わしらの大損だよ」
「ははは、慾が深いよ、工長《こうちょう》さんは……」
その鞄が簡単にあかなかった。鞄の金具がどうかしているらしかった。そのうちにも臭気はいよいよぷんぷんとたまらなく人々の鼻を刺戟《しげき》したので、立合いの衆は気が短かくなり、とうとう斧《おの》を持ち出して、鞄の金具を叩《たた》き斬《き》った。
鞄はぱくりと開いた。みんなはわれ勝《が》ちに中をのぞきこんだ。顔をしかめる者、ぺっぺっと唾《つば》を吐く者。中には仔猫の死骸《しがい》が入っていた。それと赤い紐が一本……。
靴の先と棍棒《こんぼう》とで、鞄は崖《がけ》を越して海へ。
その鞄は、執念《しゅうねん》深いというのか、海上を漂《ただよ》ううちに海岸へ漂着《ひょうちゃく》した。元村《もとむら》の桟橋《さんばし》のすぐそばであった。
警官が聞きこんで、その鞄を検分《けんぶん》に来た。彼は東京からの指令《しれい》を憶《おぼ》えていたので、早速《さっそく》「それらしきもの漂着す」と無電を打った。
折返し、新しい指令が来た。警官たちは忙しくなった。旅館は一軒のこらず臨検《りんけん》をうけた。
その結果、目賀野が見つかって、飛行機で到着したばかりの田鍋課長の前へ呼び出された。
目賀野は、その鞄と無関係であることを主張した。いわんや殺人事件などは思いもよらないと抗弁《こうべん》した。
三日間、のべつに取調《とりしらべ》がつづけられ、目賀野が陳述《ちんじゅつ》した重要事項は、次のようなことであった。
「別に悪いことをした覚《おぼ》えはありません。君も知っているとおり、昔からわしは曲ったことは大嫌いだ。……しかし、ちょっと慾《よく》の気《け》は出した。例のラジウム二百|瓦《グラム》の入った鉄の箱が、この三原山の噴火口《ふんかこう》の中に投げこんであると耳にしたもんだから、なんとかそれを取出そうと思ってね。いや、取出せばその筋《すじ》へ届けるつもりだった、本当です。しかし世間を呀《あ》っといわせたかった。そこで思いついたのが、赤見沢博士の研究だ。重力消去の実験に成功していることをわしは知っていたので、博士にそれを使った一種の起重機《きじゅうき》の製作を依頼したのです。そのトランクは、すなわちその品物だったかもしれない。いや、その種の試作品だったかもしれない。要するにその装置を噴火口の中へ投げ入れておくと、火口底《かこうてい》において巧《たく》みにラジウムの入った鉄函《てつばこ》を吸いつけ、あとは重力消去によって噴火口をのぼり、上へ現われ、わが手に入るという計画だった。生《なま》の人間じゃ、とても火口底へは下りられないんでね。……が、その博士がわしのところへ来てくれる約束の日に、途中であの事件に遭《あ》って、あんなことになるわ、そばにあったトランクは、早いところ何者かによって掏《す》りかえられていたので、わしはすっかり失敗してしまった。たったこれだけのことです。すこしも怪しい点はない。元村へ来て泊っていたの
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