》となり、煙のなかに逃げまどう人の形があったが、その後のことは、帆村も田鍋課長も見極《みきわ》めることが出来なかった。突然窓から吹きだした紅蓮《ぐれん》の炎に、肩車担当の二警官はびっくり仰天《ぎょうてん》、へたへたとその場に尻餅《しりもち》をついたからである。帆村と課長は、弾《はず》みをくらって大きく投げだされ、腰骨をいやというほど打って、しばらくは起上ることが出来なかった。
そのうち火勢はずんずん拡《ひろ》がって、赤見沢博士のラボラトリーはすっかり火に包まれてしまい、手のつけようもなくなったが、それは研究室内にあった油と薬品が、このように火勢を急に強めたものに違いなかった。
課長が帆村たちと共に再び立上り、燃える建物をいくたびもぐるぐる廻って警戒につとめると共に、機会があれば、中へとびこんで何か目ぼしい品物を取出そうとあせったけれど、遂《つい》に研究室の方には入ることが出来なかった。そしてかの美貌の男か、美女か、小山すみれかに行逢《ゆきあ》えば、直ちに補えるつもりでいたけれど、結局この重要なる三人の人物を空《むな》しく逸《いっ》してしまった。
駆《か》けつけた消防隊の手で、完全に火が消されると、間もなく暁《あかつき》が来た。
課長は、焼跡を丹念《たんねん》に調べた。
その結果、一箇の無残《むざん》な焼死体が発見せられた。背骨からしてすぐ判定がついて、犠牲者《ぎせいしゃ》は気の毒な研究生小山すみれであることが分った。しかし美貌の男も美女も、現場に骨を残していなかった。
また仔猫の骨もなかった。帆村がさっき異常なる興味を覚えた妙な器具の入っている靴も、焼跡の灰の中には見当らなかった。
この博士|邸《てい》の火が消えた後で、田鍋課長と帆村荘六とは、焼跡に立って、意見の交換をした。互いに知っている事実を語り合った結果、
「田鍋さん。これは面白くなりましたよ。化け鞄事件と、ラジウム盗難事件との間に密接な関係があるということが分って来たじゃありませんか」
と、帆村がいえば、田鍋課長は、
「どうもそういうことらしいね。しかしラジウムとお化け鞄と、どういうつながりになっているか見当がつかんが、君は何か思いあたることがあるかね」
「そのことだが、僕の考えでは、あの盗難《とうなん》に遭《あ》ったラジウムは、今どこか知らんが、兎《と》に角《かく》ちょっと手の届かない場所にあるんだと思うんですね。それでさ、あの万沢《まんざわ》とかいう男が小山すみれ嬢を唆《そその》かして、仔猫利用の吊上《つりあ》げ装置を作らせたんだと解釈《かいしゃく》する」
「どうしてそうなるのかね」
「博士の人形も焼けちまい、すみれさんも焼け死んだので、はっきりしたことは分らないけれど、あの博士の人形は猫又の浮力――というか重力消去装置の力というか、それを利用しで浮き上る力を持たせてある。靴に仕掛けた放射線計数管は、ラジウムの在所《ありか》を探すための装置だ。無電の機械は、計数管に現われる放射線の強さを放送する。それからもう一つ、あの人形には電波を受けて、靴の下に仕掛けてある浚渫機《しゅんせつき》みたいな、何でもごっそりさらい込む装置――あの装置を動かせるようになっているんだと思う。つまり電波による操縦《そうじゅう》で浚渫機を動かすんだ。これだけのものを、あの人形は持っていたと思う」
「そんなものを、どうする気かな」
「そこでだ、悪漢《あっかん》一味は、あれを持ち出して人形を歩かせ、計数管の力を借りて、ラジウムの在所を確かめる。
人形がちょうどラジウム二百|瓦《グラム》の容器の上に来たとき、放射線の強さは最大となるから、そのとき悪漢一味は電波を出して、あの靴の下に仕掛けた浚渫機を働かせる。つまりごっそりと、ラジウムの容器を、あの浚渫機の爪《つめ》の間にさらえ込むのさ」
「ふうん、なるほど」
「それからこんどは、例の猫又の力を借りて、人形ごとずっと上へ浮き上らせるわけなんだが、僕にも分らないのは、重力消去装置の力を借りる必要のあるラジウムの隠《かく》し場所とは一体どこなんだか、見当がつかないんだ」
「はてな、一体どこなんだかね。そういうへんな人形の力を借りなければ取出せない場所というと……」
田鍋課長にも、全く見当がつかなかった。
椿《つばき》の咲く島
椿の花咲く大島の岡田村の灯台《とうだい》のわきにある一本の大きな松の木の梢《こずえ》に、赤革のトランクがひっかかっていた。
それを発見したのは、早起きをして崖《がけ》っぷちで遊んでいた官舎《かんしゃ》の子供たちだった。それからみんなに知れわたって、騒ぎは絶頂《ぜっちょう》に達した。
「誰があんな高いところまで登って、鞄をくくりつけでいったろう。不審《ふしん》なことだ」
まことに不審の至《いた》り
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