かま》わず、帆村は課長の耳に囁《ささや》いた。
「今見たでしょうね、あの仔猫を……。仔猫を博士の人形の中に入れると、あのとおり博士の人形はふわふわと空中に浮きあがって天井に頭をつかえてしまった」
「ええッ、あれは人形か。人形だったのか」
 課長は唖然《あぜん》として、目を天井へやる。
「田鍋さん。あの女はやっぱり猫又《ねこまた》を隠していたんですよ。そして博士の人形を作ったり、その他へんな装置をつけたりして、一体何をするのか、このへんで中へ踏込《ふみこ》んだら、どうです」
「うん。しかし、もうすこし見ていよう」
「課長。一度下りて下さい、肩の骨が折れそうだから」
「これ大きな声を出すな。家の中へ聞えるじゃないか」
 上と下との掛け合いが、だんだん尖鋭化《せんえいか》して来た折《おり》しも、思いがけないことが、室内に於《おい》て起った。
 というのは、突然に――全く突然に、どこからとび出したのか、一人の若い女人《にょにん》が、部屋の隅に現われた。彼女の手にはピストルが握られていた。ピストルは小山すみれと美貌《びぼう》の青年とに交互《こうご》に向けられている。
 美貌の青年が両手をあげた。小山嬢もそのあとから、しなびた両手をあげた。小山嬢は額《ひたい》に青筋をたてて憤慨《ふんがい》の面持《おももち》で突然|闖入《ちんにゅう》したる背の高い美女を睨《にら》みつけている。美貌の青年は、にやりと笑っている。
 美女は、しずかに歩を運《はこ》んで、博士の人形を結《ゆわ》えている綱に、空いている方の手をかけた。彼女はその綱をひいて、博士の人形を室外に持出す様子を示した。
 そのとき、美女はわずかの隙《すき》を作った。
 と、実験台の下の腰掛が、風を剪《き》って美女の胸のあたりを襲《おそ》った。が、それは美女が咄嗟《とっさ》に身をかわしたので、うしろの扉にあたって、扉を開いただけに終った。
 ズドン。
 銃声が轟《とどろ》く。硝子《ガラス》の壊《こわ》れる音。悲鳴《ひめい》。途端《とたん》に又もや腰掛がぶうんと呻《うな》りを生じて美女の顔を目懸《めが》けて飛ぶ。これは美貌の男の防禦手段だった。――が、このときどこからともなく煙がふきだしたと思ったら、カーテンが一瞬《いっしゅん》に焔《ほのお》と化した。めらめらぱちぱちと、すごい火勢《かせい》に、研究室はたちまち火焔地獄《かえんじごく
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