どして、目賀野は医師やら博士の姪《めい》の秋元千草という麗人《れいじん》や博士の助手の仙波学士を伴い、自動車で駆けつけた。そして一札《いっさつ》を入れ、人事不省《じんじふせい》の博士と遺留《いりゅう》の鞄《かばん》とを内容物もろとも引取っていったのであった。
博士を護って、一行は目黒《めぐろ》行人坂の博士邸へ入った。
雑用係の川北老夫妻と、研究生小山すみれ嬢とがびっくりして博士の帰邸を迎えた。
目賀野の指図《さしず》で、臼井は出迎えた人々を掴《つかま》えて話をした。
「わしは存じて居りましたでがす」と川北老はいった。「先生さまが変装なすって、そっとお出懸《でか》けになるところを確《たし》かに見て居りました。はい、トランクをお持ちになっていましたなあ。おお、このトランクに違いありません。色といい形といい大きさといい……。先生さまは外出なされるとき必ず若い男になってお出懸けなさるんで、これは昨夜にかぎったことではございません。そのこみ入った理由《わけ》はわし如き者に分ろうはずはございません。お出懸け先でございますか、それは全く存じません。先生さまは、爺《じい》や、これからどこへ行ってくるぞなどと仰有《おっしゃ》るお方じゃございませんもんな。……坂をのぼって目黒駅の方へお出でなさったことだけは間違いねえでがす」
博士の昨夜の行動について喋《しゃべ》ったのはこの川北老だけであった。他の妻君のお綱婆さんも、小山研究嬢も、共になんにも語らなかった。
臼井は、目賀野の指図で、もう一つの重大申入れを留守番の人々に行った。
「実は、僕はこの前からしばしばこちらへ伺って博士に或る物の御製作をお願いしてあったんだ。昨日はその出来上ったものを僕の許《もと》へお届け下さるお約束の日だった。博士はこのトランクに入れて、僕のところへ向われたんだが、その途中であのような病態《びょうたい》となられた……」
そういっているときに、目賀野が連れていた医師が入って来て、博士の容態《ようだい》について報告した。目下|麻痺《まひ》症状がつづいている。その原因は不明である。しかし急変はないと思うから、当分このままにそっと寝かして置くがよろしく、次第によって明日か明後日から滋養浣腸《じようかんちょう》などを始めることにしたいというのだった。目賀野は目くばせをして、医師をこの部屋から去らせた。そして臼井
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