う》であるが、とにかく兇行に関係のある重大なる謎として係官の注意を集めている。
後報。――被害者の身許が判明した。彼は五十嵐庄吉(三九)であった。十日前に××刑務所を出獄した掏摸《すり》十二犯の悪漢である。彼は刑務所を出で、正門前に待ち合わせていた自動車に乗ったまま行方不明となったもので、同人の家族から××署へ捜索願《そうさくねがい》が出ていたものである。犯人はいまだ不明であるが、多分同人を恨《うら》んでいた者の復仇《ふっきゅう》らしい見込みである。警視庁では同人を連れ去った自動車と運転手を極力《きょくりょく》厳探中《げんたんちゅう》である云々」
五十嵐庄吉が惨殺《ざんさつ》され、しかも左肋骨の下に不可解の潰瘍の存することについて、皆さんは心当りがないであろうか。
あいつは掏摸《すり》の名人だった。私はそれをつい永い間忘れていた。いや私はもっと忘れていたことがあったのだ。刑務所は学校と同じことに、立派な人間ばかりいて、立派な友情が溢《あふ》れるほど存在しているものだとばかり誤解していたことだ。
私が風船にラジウムを入れたとき、五十嵐の奴はそれを裏返したが、そのとき遅《おそ》く彼《か》のとき早《はや》しで、彼は、小器用《こきよう》に指先を使って、ラジウムを掏《す》りとったに違いなかった。
そのことについて今になって気がついた私は、刑務所の門前で運転手に化けると、刑務所の門前で出獄したばかりの彼をうまうまと誘拐《ゆうかい》したのだった。そしてあの荒れ小屋に連れこむと、身の自由を奪っていろいろと折檻《せっかん》したが、強情《こうじょう》な彼奴は、どうしても白状しなかった。私は怒りのあまり、遂に最後の手段を択《えら》んだ。彼の身体をグルグルと麻縄《あさなわ》で縛りあげると、ゴロリと床の上に転がした。そのまま幾日も抛《ほう》って置いた。無論一滴の水も与えはしなかった。だから彼は遂《つい》に飢餓《きが》と寒さのために死んでしまったのだった。
私は彼の身体の冷くなるのを待って縄を解いた。そして素裸にすると全身を改《あらた》めた。そのときあの左|肋骨《ろっこつ》下の潰瘍《かいよう》を発見したのだった。
「そうら見ろ。貴様がラジウムの在所《ありか》を喋《しゃべ》らずとも、貴様の身体がハッキリ喋っているではないか。ざまァ見やがれ」
私は早速彼の左のポケットの底を探って、とうとう目的のラジウムを引張り出したのだった。無論彼が白状せずともこのラジウムの力で、彼の身体の上に遠からずして潰瘍《かいよう》が現われるだろうことを私は初手《しょて》から勘定に入れていたのだった。
だが私も詰《つま》らんことから人殺しをしてしまった。今は後悔している。あのラジウムは、未だにそのまま持っている。それを金に換《か》えるためと、そして私の新しい世界を求めるため、今夜私は日本を去ろうとしている。多分永遠に日本には帰って来ないだろう。私はあれを金に換えた上で、赤い太陽の下に、花畑でも作って、あとの半生をノンビリと暮らすつもりである。
底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1934(昭和9)年2月号
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
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