う》であるが、とにかく兇行に関係のある重大なる謎として係官の注意を集めている。
 後報。――被害者の身許が判明した。彼は五十嵐庄吉(三九)であった。十日前に××刑務所を出獄した掏摸《すり》十二犯の悪漢である。彼は刑務所を出で、正門前に待ち合わせていた自動車に乗ったまま行方不明となったもので、同人の家族から××署へ捜索願《そうさくねがい》が出ていたものである。犯人はいまだ不明であるが、多分同人を恨《うら》んでいた者の復仇《ふっきゅう》らしい見込みである。警視庁では同人を連れ去った自動車と運転手を極力《きょくりょく》厳探中《げんたんちゅう》である云々」
 五十嵐庄吉が惨殺《ざんさつ》され、しかも左肋骨の下に不可解の潰瘍の存することについて、皆さんは心当りがないであろうか。
 あいつは掏摸《すり》の名人だった。私はそれをつい永い間忘れていた。いや私はもっと忘れていたことがあったのだ。刑務所は学校と同じことに、立派な人間ばかりいて、立派な友情が溢《あふ》れるほど存在しているものだとばかり誤解していたことだ。
 私が風船にラジウムを入れたとき、五十嵐の奴はそれを裏返したが、そのとき遅《おそ》く彼
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