の看守の手で大騒ぎをして取調べられていることだろうと思って、噴《ふ》き出《だ》したくなった。
娑婆の風は実にいいものだった。ピューッと空《から》ッ風が吹いて来ると、オーヴァーの襟《えり》を深々《ふかぶか》と立てた。
「ああ、寒い」
風が寒いのを感じるなんて、何という幸福なことだろう。私は五年間に貰いためた労役《ろうえき》の賃金の入った状袋《じょうぶくろ》をしっかりと握りながら、物珍《ものめず》らしげに、四辺《あたり》を見廻したのだった。
そこへ一台の円タクが来た。呼びとめて、車を浅草へ走らせる。円タクに乗るのも、あれ以来だった。私は手を内懐《うちぶところ》へ入れて、状袋《じょうぶくろ》の中から五十銭玉を裸のまま取り出した。
「旦那、浅草はどこです」
「あ、浅草の、そうだ浅草橋の近所でいいよ」
「浅草橋ならすこし行き過ぎましたよ」
「いや、近くならばどこでもいい。降《おろ》して呉れ」
私は綺麗な鋪道《ほどう》の上に下りた。だが何となく刑務所の仕事場を思い出させるようなコンクリートの路面だった。私は厭《いや》な気がした。
そこで私は、トコトコ歩き出した。
訪ねる先は、七軒町《し
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