そんなに簡単に失ってなるものかと歯ぎしり噛んだ。
「一体どこで失ったんだろう?」
私はあの日からのちのことをいろいろと思い綴《つづ》って見た。いろいろと考えられはしたが、結局しっかりしたことは判らない。しかし一旦|糊《のり》で紙の間に入れたラジウムが、こんな短期に脱け落ちるのはおかしい。といって風船が違ったわけでもない。この柿色の風船のように、半端な色花びらを接《つ》ぎ合《あ》わせたものは外《ほか》にない筈だ。
私は同じことを、いくたびも繰り返し繰り返し考え直した。考え直しているうちに、ふと気がついたことがあった!
「おお、あれかも知れない」
私はムクリと起き上った。
「いや、あれに違いないぞ。うん、そうだ」
私の全身には、俄《にわ》かに血潮の流れが早くなった。手足がビリビリと慄《ふる》えてきた。
「よォし、畜生……」
私は戸外《こがい》の暗闇に走り出《い》でた。
さてそれから後のことを、どう皆さんに伝えたらいいだろうか。私はすこし語りつかれたので、結末を簡単に述べようと思う。その結末というのは、恐らく、もう皆さんの目にハッキリと映っていることと思う。そういって判らなければ、もっと明瞭《めいりょう》に云おう。
皆さんは、二月二十日付の朝刊を見られたであろうと思う。その社会面の中で、なにが皆さんを最も駭《おどろ》かしたであろうか。
それは云うまでもあるまい。
「山麓《さんろく》の荒小屋《あれごや》に発見されたる怪屍体」という見出しで、「昨十九日午前八時、×大学生××は××山麓《さんろく》の荒れ小屋の中に於《おい》て休息せんとしたところ、図《はか》らずもその中に年齢四十二三歳と推定される男の素裸の怪屍体を発見した。警報をうけて警視庁の大江山《おおえやま》捜査課長以下は、鑑識《かんしき》課員を伴って現場《げんじょう》に急行した。現場には同人《どうにん》のものらしき和服と二重まわしが脱ぎ捨てられてあったが、その外に何のため使用したか長い麻縄《あさなわ》が遺棄《いき》されてあった。其の他に持ちものはない。屍体は即日解剖に附せられたが、この男の死因は主として飢餓《きが》によるものと判明した。尚《なお》屍体の特徴として、左|肋骨《ろっこつ》の下に、著《いちじる》しい潰瘍《かいよう》の存することを発見した。しかしその成因其他《せいいんそのた》については未詳《みしょう》であるが、とにかく兇行に関係のある重大なる謎として係官の注意を集めている。
後報。――被害者の身許が判明した。彼は五十嵐庄吉(三九)であった。十日前に××刑務所を出獄した掏摸《すり》十二犯の悪漢である。彼は刑務所を出で、正門前に待ち合わせていた自動車に乗ったまま行方不明となったもので、同人の家族から××署へ捜索願《そうさくねがい》が出ていたものである。犯人はいまだ不明であるが、多分同人を恨《うら》んでいた者の復仇《ふっきゅう》らしい見込みである。警視庁では同人を連れ去った自動車と運転手を極力《きょくりょく》厳探中《げんたんちゅう》である云々」
五十嵐庄吉が惨殺《ざんさつ》され、しかも左肋骨の下に不可解の潰瘍の存することについて、皆さんは心当りがないであろうか。
あいつは掏摸《すり》の名人だった。私はそれをつい永い間忘れていた。いや私はもっと忘れていたことがあったのだ。刑務所は学校と同じことに、立派な人間ばかりいて、立派な友情が溢《あふ》れるほど存在しているものだとばかり誤解していたことだ。
私が風船にラジウムを入れたとき、五十嵐の奴はそれを裏返したが、そのとき遅《おそ》く彼《か》のとき早《はや》しで、彼は、小器用《こきよう》に指先を使って、ラジウムを掏《す》りとったに違いなかった。
そのことについて今になって気がついた私は、刑務所の門前で運転手に化けると、刑務所の門前で出獄したばかりの彼をうまうまと誘拐《ゆうかい》したのだった。そしてあの荒れ小屋に連れこむと、身の自由を奪っていろいろと折檻《せっかん》したが、強情《こうじょう》な彼奴は、どうしても白状しなかった。私は怒りのあまり、遂に最後の手段を択《えら》んだ。彼の身体をグルグルと麻縄《あさなわ》で縛りあげると、ゴロリと床の上に転がした。そのまま幾日も抛《ほう》って置いた。無論一滴の水も与えはしなかった。だから彼は遂《つい》に飢餓《きが》と寒さのために死んでしまったのだった。
私は彼の身体の冷くなるのを待って縄を解いた。そして素裸にすると全身を改《あらた》めた。そのときあの左|肋骨《ろっこつ》下の潰瘍《かいよう》を発見したのだった。
「そうら見ろ。貴様がラジウムの在所《ありか》を喋《しゃべ》らずとも、貴様の身体がハッキリ喋っているではないか。ざまァ見やがれ」
私は早速彼の左のポケットの底を探って、と
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