ているかネ」
「背の高い男のことだろう。――知らない」
「知らない? はッはッはッ。馬鹿だなァお前は。あれは帆村《ほむら》という探偵だぜ」
「探偵? やっぱりそうか」
「どうだ思い当ることがあろうがナ」
「うん。――いいや、無い」
「う、嘘をつけ。おれが力になってやる。手前《てめえ》の仕事のうちで、まだ警察に知れていないのがあるネ」
「いいや、何にも無い!」
私はいつになく、この無二の親友の好意を斥《しりぞ》けたのだった。いくら五ヶ年の親友だって、こればかりは打ち明けかねるというものだ。
それから私たちは、無言《むごん》の裡《うち》に仕事をやった。それは私たちにとって珍らしいことだった。二人はこの仕事の間に、たとえ話がないにしろ、軽い憎《にくま》れ口《ぐち》や懸声《かけごえ》などをかけて仕事をするのが例だったから。
黙《だま》っているお蔭で、遂に私は素晴《すば》らしいことを発見した。それはあのラジウムを、安全に獄外へ搬《はこ》びだす工夫だった。まず大丈夫うまく行くと思われる一つの思い付きだった。
その日、昼食《ちゅうじき》が済《す》んで、囚人たちは一旦各自の監房へ入れられ、暫くの休息を与えられた。やがて鐘の音と共に、またゾロゾロと列を組んで、作業場に入っていった。そのとき私は、あのラジウムを裸のままで持ち出した。それは柿色の制服の、腰のところにある縫い目に入れて置いた。
作業場へ入ると、私は一同に準備を命じた。私は組長だったから、作業の初めにあたって、一同の面倒を見てやるため、あっちへいったり、こっちへ来たりすることが許されていた。
「オイ、材料を見せろ」
と私は痩《や》せギスの青年に云った。
「へえ、これだけ出来ています」
私はその紙風船の花びらの束を解いて、パラパラと引繰りかえしていたが、
「おい、一枚足りないぞ」
「え?」
「ナニ、いいよいいよ」と私は云いながら、隅ッこに駄目な花びらが乱雑にまるめてあるところへ寄った。そして中から、一枚の柿色の花びらを取った。「こいつを入れとこう」
「それは駄目です」
柿色の花びら[#「びら」に傍点]というのは、実は不合格にすべきものだった。それは蝋紙《ろうがみ》の黄の上に、間違って桃色が二|重刷《じゅうずり》になったものだった。これは二色が重なって、柿色という思いもかけぬ色紙になった。元来すこし位、色が変わっ
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