に省《かえり》みても、甚《はなは》だ結構でないことだったけれど、今日こそは、その監獄に保存してある調書の中から、知りたいと思っていた彼の素姓を押しだすことが出来るのかと思えば、こんな嬉しいことはなかったのである。
彼は、車を頼んで、ブルートの町へ急がせた。
「旦那、ブルートの町へ来ましたが、どこへいらっしゃいますね」
「もうすこし先だ。左手に、くるみの森のあるところで下ろしてくれたまえ」
「へい。すると、監獄道《かんごくみち》のところですね」
「ああ、そうだよ」
彼は、運転手に、心の中を看破《みやぶ》られたような気がした。
「ドイツの飛行機は、監獄なんか狙って、どうするつもりですかね」
「えっ」
「いや、つまり、ブルートの監獄を爆撃して、あんなに土台骨《どだいぼね》からひっくりかえしてしまって、どうする気だろうということですよ」
「なに、ブルートの監獄は、爆弾でやられたのかね」
「おや、旦那、御存知《ごぞんじ》ないのですかい。もう四日も前のことでしたよ。尤《もっと》も、聞いてみれば、監獄の中で、砲弾を拵《こしら》えていたんだとはいいますがね」
「ふーん、そうか。やっちまったのかい」
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