旅行は、ますます不愉快さを高めていった。列車が、駅へつくたびに、彼は、車窓《しゃそう》から顔を出して、もしやアンの乗っている列車が、同じホームについて、待っていないかと、一生けんめいに探したのであった。
そのうちに、こんな考えが、ふと頭の中に浮んだ。
(アンは、おれを捨てていったのではあるまいか。そうでなければ、バーミンガムの次の駅で下りて後から遅れて来るおれの列車を、待っている筈《はず》じゃないか)
アンは、彼を捨ててしまったのであろうか。とにかく、彼のために親切でないことだけは確かである。
(すると、やっぱり、あのボジャック氏というのが、アンの亭主《ていしゅ》であったのか。そしてボジャック氏、すなわちフン大尉という筋書か!)
彼は、胸糞《むなくそ》がわるくなって、ぺっと、床《ゆか》に唾を吐いた。すると、隣りにいたイギリス人が、こっぴどい言葉で、彼の公徳心《こうとくしん》のないことを叱りつけた。
彼は、なんだか、もう生きているのが味気《あじけ》なくなった。
その味気なさは、列車がロンドンに着いてから、更に深刻味《しんこくみ》を加えた。
なぜといって、彼が最後の頼みとしてい
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