上に腹匍《はらば》った。
とたんに、どどどどーンと、ぶっつづけに大爆音が聞え、耳はガーンとなってしまった。そして、あたりは火の海となったかと思われた。それをきっかけのように、ひっきりなしに砲弾と爆弾とが降って来た。身を避けるものは何もない。彼は灼鉄《しゃくてつ》炎々《えんえん》と立ちのぼる坩堝《るつぼ》の中に身を投じたように感じた――が、そのあとは、意識を失ってしまった。
不図《ふと》、気がついたときには、あたりの風景は一変していた。附近一帯は、炎々たる火焔《かえん》に包まれていた。屋上は、半分ばかり、どこかへ持っていかれてしまっている。
彼は、むくむくと起きあがって、空を見上げた。高射砲弾は、盛《さか》んに頭上で炸裂《さくれつ》していた。照空灯《しょうくうとう》と照明弾とが、空中で噛《か》み合っていた。その中に、真白な無数の茸《きのこ》がふわりふわりと浮いていた。落下傘部隊《らっかさんぶたい》であった。ドイツ軍の上陸は、遂《つい》に開始せられたのであった!
「おお、落下傘部隊《デザント》が下りる。ああ、ダンケルク戦線そっくりだ!」
ああダンケルク戦線! 彼は全身に、電撃をうけたように感じた。
「ああ、ダンケルク! おお、そうだ。思い出したぞ!」
その瞬間に、彼は、今の今迄|喪失《そうしつ》していた一切の過去の記憶を取り戻した。
おお、覚醒《かくせい》! 記憶は蘇《よみがえ》った。奇蹟《きせき》だ、大奇蹟だ!
彼は、灼鉄と硝煙《しょうえん》と閃光と鳴動《めいどう》との中に包まれたまま、爆発するような歓喜《かんき》を感じた。その瞬間に、彼から、仏天青《フォー・テンチン》なる中国人の霊魂《れいこん》と性格とが、白煙《はくえん》のように飛び去った。それに代って、駐仏日本大使館付武官《ちゅうふつにっぽんたいしかんづきぶかん》福士大尉《ふくしたいい》の烈々《れつれつ》たる気魄《きはく》が蘇って来た。
「おッ、俺は、今まで、何を莫迦《ばか》な夢を見ていたのだろうなあ!」
アーガス博士の治療を待つまでもなかった。彼――福士大尉の、喪《うしな》われたる記憶は、その一瞬の間に、完全に恢復《かいふく》したのだった――ドクター・ヒルが示唆《しさ》したところと、ぴたりと一致する経過をとって……。
輝《かがや》かしい福士大尉の復帰《ふっき》!
「アンは、どうした」
大尉は
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