《にわか》に目を輝かせて、室の隅に置いてあった手提鞄《てさげかばん》を、卓子《テーブル》のうえに置いた。
「院長、では、これを見て、判断していただきましょう。当時、私が身につけていたものは、大切に、皆ここに蔵《しま》ってあるのです」
そういって、彼は、鞄を開くと、中から、長い中国服を出し、それから汚れきった破れ目だらけの服を出し、ぺちゃんこになったパンに新聞紙に、それから異臭《いしゅう》を放つ皺《しわ》くちゃのハンカチーフ迄、すっかり卓子のうえに取出した。
「その外に、この貯金帳が二冊あるのです。院長、お分りになりますか」
「さあ、私では駄目なんですがねえ」
といいながらも、ドクター・ヒルは、そこに並べられた品物を、一つ一つ、念入りに拡大鏡《かくだいきょう》の下に見ていたが、やがて腰を伸ばし、
「私の拝見したところで、最も興味を惹《ひ》かれるものが二点あります。それは、この汚れ切って破れ目だらけの服と、それからもう一つは、油じみたハンカチーフです」
「はあ、そうですか。そんなものが、私の素姓《すじょう》について、一体なにを語っていましょうか」
「さあ、それは、私の力では、はっきり解《と》いてお話することが出来ないのです。こういう方面にすこぶる明るい私の友人を御紹介しましょう。アーガス博士といいますが、クリムスビーに住んで鑑識研究所を開いています。そこへいらっしゃるがいいでしょう。このズボンについている泥だとか、ハンカチーフについている血や油などについて、彼はきっと、あなたをびっくりさせるに充分《じゅうぶん》な鑑定《かんてい》をなすことでしょう」
「あ、そうですか。それは、実にありがたい。アーガス博士でしたね」
「そうです。博士は、ひところ、警視庁でも活躍していた人ですが、今は、自分の研究所に立て籠《こも》っています」
「クリムスビーですか。どこでしょうか、その、クリムスビーというのは」
「クリムスビーというと、北海《ほっかい》へ注《そそ》ぐハンバー河口《かこう》を入って、すぐ南側にある小さい町です。河口は、なかなかいい港になっています」
「はあ。北海に面した良港の中にあるのですね。じゃあ、私はすぐ、そのクリムスビーへいって、アーガス博士にお願いしてみましょう」
「いま、紹介状を書いてさし上げます、ミスター・F!」
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午後遅くクリムスビーの
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