二人で喰べましょうよ」
アンは喰べながらも、ひとりで、くどくどと同じことを喋った。仏は、サンドウィッチを喰べたり南京豆を噛んだりしているうちに、こんどは彼の方が眠くなった。そして、いつしか時間を忘れてしまった。
仏天青《フォー・テンチン》が、目を覚《さ》ましたときには、列車はごとんと大きな音をたてて、立派な駅についたとこだった。ホームを見ると、バーミンガムと書いてあった。
「ああ、バーミンガムか。なにか、ありそうだな。アン、お金をお出し。おいしいものを見つけてくるから」
仏は、アンの機嫌をとるつもりで、金を握ると、ホームへ下りていった。
ホームは、ひどく雑閙《ざっとう》していた。何を買おうかなと思っていると、改札口の向こうで、新聞売子が、新聞を高くさし上げて、何か喚《わめ》いていた。彼は、これを買う気になってそこまでいった。
新聞は、なによりの常識読本《じょうしきどくほん》だ。新聞を見ていると、忘れてしまった昔のことを、なにか思い出すよすがになるような気がする。
彼が、新聞を買っているとき、不意にうしろから抱きついた者があった。
「ああ、やっと掴《つか》まえた」
女の声だ。そしてフランス語だった。しかしアンの声ではない。
「誰!」
仏が、ふりかえってみると、彼に抱きついていたのは、一人の中国人らしい若い女だった。
「あなた。あたし、どんなにか探していたわ。もう放れちゃ、いやよ」
「誰だ、君は」
「あなたの妻じゃありませんか。いやだわ、うちの人は。あたしを忘れてしまうなんて」
「人ちがいだ。放してくれ」
仏は、女の様子に、変なところがあるので、彼女の手をふりほどいた。
「仏天青《フォー・テンチン》。あたしを捨てていくつもり。ねえ、仏天青」
「仏天青。おれの名前を知っているのか」
「仏天青。あたしは、妻の金蓮じゃありませんか」
仏は、おどろいた。全く、寝耳に水の愕《おどろ》きであった。彼の名前をいいあてたばかりか、その金蓮という女は、自分は妻だというのである。
「おれの妻はアンだ。それに、今また仏天青の妻の金蓮だと名乗る女が現れた。一体、これは、どういうわけだろう。どっちが本当かしら」
彼の頭は、こんがらがった麻糸《あさいと》のように乱れた。どうすればいいのやら、わけがわからなくなった。
困惑《こんわく》しきっている間に、時間がたってしまった。ふ
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