れから山岸中尉は、うしろをふりむいた。搭乗《とうじょう》のあとの二人は、どんな顔をしているだろう……。
 中尉の弟である山岸少年は、艇がいまどんな危険な状態にあるかということを、すこしも知らぬらしい顔つきで、しきりに無電機械を調整しつづけている。地上との通信が切れたのは、彼自身のせいだと思って、一生けんめい直しているのだった。
 もう一人の搭乗者たる帆村荘六は、さっき大きな声で、「魔の空間」へ近づいたと叫んだ頃は、しきりにさわいでいたが、いま見ると、彼は手帳を出して、その中に何か盛んに書きこんでいる。これまた山岸少年におとらぬ落着きぶりだ。
 山岸中尉は、ほっと息をついた。いま部下の二人が、あんがい落着いていてくれることは、たいへんありがたい。いまのうちに、死の覚悟をといておこうと思った。中尉の観測では、自分たちの生命は、あと十五分か二十分ぐらいだろうと思った。
「総員集れ」
 と、中尉が叫ぶと、山岸少年は、はっと顔をあげて、耳から受話器をはずした。その目は、さっと不安の色が走った。
「兄さん、どうしたんです」
「ばか。電信員、用語に注意」
 山岸中尉は、こんな場合にも注意することを忘れなかった。
 帆村は手帳を持ったまま席を立ち、中尉のそばへ行こうとしたが、ちょうど山岸少年が通りかかったので、彼に狭い通路をゆずってやった。
「本艇はただいま大危難にさらされている。死の覚悟をしてもらいたい」
 中尉はふるえていた。
「お待ちなさい――。いや機長、意見をいわせてください」
 と、帆村がいった。
「よろしい。何でもいってよろしい」
 中尉は、帆村の意見も、この際何の役にも立つまいと思った。
「機長。私は、私たちがいま生命の危険におびやかされているとは考えません。いや、むしろぜったいに安全だと思うのです」
「なぜか。説明を……」
「いや、そんなことは後で話をしましょう。それより目下最も大切なのは、本艇が積んでいる、成層圏落下傘と投下無電機です。こればかりは敵に渡さないようにして下さい」
「敵、敵とは……」
「いまの二種のものは敵の目をくらますために、糧食庫の底へでも入れておいた方がよくありませんか」
 帆村は、中尉にはこたえないで、自分のいおうとすることだけについて語った。
「敵とは誰ですか、帆村さん。アメリカ人ですか」
 と、山岸少年がたずねた。少年もいっこうわけがわからないといった面持《おももち》だ。
「敵といえば、わかっているよ。例の緑色の怪物だ。いや、ここでは緑色の衣裳《いしょう》をぬいでいるかもしれないが……。しかし、少くともわれわれのいるここへ来るときは、例の服装でいるだろう」
「ああ、あいつですか。鉱山の底で死んだふりをしていた。青いとかげの化物みたいな奴……。大きな目が二つあって、頭に角が三本生えている、あのいやらしい怪物のことですか」
「帆村班員はほんとうにそう思っているのか。いったいそれはどういうわけで……」
 と、山岸中尉も、思わず声を大きくして帆村の方へすり寄った。
「これは別にたいした予言でもありませんよ。なぜといって……」
 と、帆村は途中で言葉をとめてしまった。
「帆村さん。早く話をしてください」
「話をするよりも、実物を見た方が早いよ。それっ、窓から外を見たまえ。例の緑色の怪物どもがおしかけて来たよ。ふふふ、これは面白い」
「えっ」
 山岸少年が窓の方へ目を走らせると、たしかに帆村のいったとおりだ。向こうからこっちへ、緑色の怪物が十四五名、肩を組んだようにしてぞろぞろと歩いてくる。そしてその先頭に立って歩いている一名が、手をあげて何か叫んでいる様子だ。それは山岸たちに向かって呼びかけているように思われる。
「総員戦闘準備……」
 山岸中尉は、いよいよ来るものが来たと思って、戦うつもりだ。
「待った。機長、はじめから戦うつもりでいたんでは、こっちの不利となりますよ。しばらく成行《なりゆき》にまかせてみようじゃないですか」
「いや、捕虜《ほりょ》になるのは困る」
「捕虜ということはないですよ。あの緑人どもは、われわれ地球人類と話をしたがっているのだと思います。だから、私たちを大事にするに違いありません」
「どうかなあ」
「まあ、こんどだけは私のいうところに従ってください。そしてここをさよならするまでは、短気を出さないように頼みますよ」
「帆村班員は、よくそんなに落着いていられるなあ」
「なあに、私は大いに喜んでいるのです。緑色の怪物どもから、われわれのまだ知らない、宇宙の秘密をしゃべらせてみせますよ。とうぶん彼等を憎まず、そして恐れず、しばらくつきあってみましょう。その結果、許すべからざる無礼者だとわかったら、そのときは山岸中尉に腕をふるってもらいましょう」
「竜造寺兵曹長の、安否をはやく知りたいものだ」
「それは頃合をはかって聞いてみましょう。私は兵曹長が無事で生きているような気がしますよ」
 そういっているとき、緑鬼たちは、窓のところへ来て、外からどんどん窓をたたきはじめた。早くここを開けといっているらしい。
「ほう、外部の気圧は七百六十ミリになっていますよ。これはあの緑鬼どもが、ちゃんと空気を『魔の空間』へ送りこんで、私たちが楽に呼吸できるように用意しているのです。ですから、とうぶん生命の危険はないはずです。では扉をあけましょうか」
 と、帆村は心得顔《こころえがお》でいった。

   緑人ミミ族

 三人は、彗星二号艇から外へ出た。
 緑色の怪物たちは、とびかかって来る様子もなく、おだやかに迎えた。
 帆村は山岸兄弟よりも前に出た。そして緑色の怪物の中で、隊長らしく見える者の方へつかつかと寄った。
「せっかくあなたがたがよんでくださったものですから、やってきましたよ」
 帆村は大きな声を出して、日本語でいった。山岸少年がびっくりして帆村の横顔をうかがった。
 すると緑色の怪物たちは、急にざわめきたち、額《ひたい》をあつめて何やら相談をはじめたような様子であった。
 山岸中尉が帆村に向かって何か言おうとした。帆村はそれを手で制した。そして、「それは後にしてください」と目で知らせた。緑色の怪物たちがどう出るか、いまは最も大事な時であったから、むやみなことをいって、怪物の気持を悪くしてはいけないと思ったのだ。
 そのうちに、怪物は相談が終ったと見え、前のようにならんだ。そして隊長らしい者が、帆村の方へ歩みよった。
「あなたがいま言ったこと、わかりました。わたくしたちは、あなたのことばに満足します。これからいろいろ聞きますから、返事をしてください」
 彼は日本語でしゃべった。それは妙なひびきを持った日本語であった。しかし原住民の片言の日本語よりは、ずっと調子がいい。緑色の怪物は、いつの間に日本語を勉強したのだろうか。
「はい、承知しました」
 と、帆村は素直にこたえた。ふだんとちがって、いやにおとなしいのであった。
「僕たちからも伺《うかが》うことがありますが、返事をしてくださるでしょうね」
「はい。返事をします」
「で、君のことを何とよべばいいでしょうか」
「わたくしですか。わたくしはココミミという名です」
「ココミミ。ああ、そうですか」
 と、帆村はこの奇妙な名前をおぼえようと努力しながら、
「ではココミミ君。君はどこで日本語を習ったのですか」
 と、つっこんだ質問をうちこんだ。
「ああ、日本語。これをおぼえるのには苦労しました。わが国の研究所では、五百名の者が五年もかかって、ようやく日本語の教科書を作りました」
「それはおどろきましたね。五百名で五年かかったとは、ずいぶん大がかりになすったわけですね。それでいま『わが国』とおっしゃいましたが、失礼ながら君の国は何という国で、どこに本国があるのですか」
 帆村荘六は、この重大な質問を発することについて、さすがに鼓動の高くなるのをおさえかねた。しかしそれを相手に知られまいとして、つとめて何気ない調子でたずねた。
「わが国名はミミといいます。どこに本国があって、どんな国かということは、いま話してもわからんでしょう。しかしわたくしたちも、あなたがたも、ともに銀河系の生物だということです。つまりお互いに親類同士なんです。ですからお互いの間の話は、原則としてよく合うはずなのです」
 緑色の人の語るところは、帆村たちによくわかるところもあるが、何だかまとがはずれているようなところも感じられる。
「そういわないで、君たちの国のことについて、いま話をしてください。僕たちは一刻も早くそれを知りたいのですよ」
 帆村は、けんめいにねばった。
「いや、いまはしません。後になれば、自然にわかるでしょう。そのときくわしく説明します」ココミミ氏は肩をそびやかし、説明をいますることを拒絶した。
「そうですか。では、僕の方からのべてみましょうか」
 帆村は、大胆なことをいった。
「ほう、あなたがのべるのですか。よろしい。では、のべてください」
 ココミミ氏は仲間の方へ手をあげて何か合図《あいず》をした。すると彼の仲間はおどろいた様子を示し、ざわざわと前へ出てきた。帆村はそれには無関心な様子を見せて、しずかに口を開いた。
「まず第一に申しますが、君たちはほんとうの姿をわれわれに見せていない。君たちは人体の形をした緑色の服を体の上に着ているのです。どうです、あたったでしょう」
 帆村はとんでもないことをいい出した。しかしそれがあんがい相手に響いたらしく、いっせいに怪物たちの体が、がたがたふるえだした。そして帆村に向かっていまにもとびかかりそうな気配を示した。それを一生けんめいにとどめたのは例のココミミ君だった。
「どうぞ、その先を……」
 彼は帆村に挨拶《あいさつ》をおくった。
「では、第二に、君たちはわれわれより智能が発達しており、地球の人間なんかそういう点では幼稚なものだと思っている。しかしこれは君たちの思いちがいだということを、いずれお悟りになることでしょう」
「ふむ、ふむ」
「第三に、君たちはさし迫った重大資源問題のため、はるばる地球へやって来たのです。君たちはこの問題をなるべく早く解決しないと、君たちの世界は間もなく滅びるかもしれないのだ。だから……」
 帆村のことばは突然中断した。それは緑色の怪物三名が、やにわに帆村に組みついたからである。それは電光石火の如《ごと》くあまりにはやく、そばに立っていた山岸中尉が、帆村のためにふせぐひまもなかったほどだ。

   機長ゆずらず

 緑鬼《りょくき》どもに組みつかれた帆村は、まず山岸中尉の方へ目で合図するのに骨を折った。山岸中尉の顔は、緑鬼どもにたいする怒りに燃えていた。が、帆村は「待て、しずかに……」と、目で知らせているので、中尉は拳《こぶし》をぶるぶるふるわせながら、かろうじてその位置に立っていた。
「ココミミ君。君たちは、僕を殺すためにやって来たのか、それとも地球を調べるためにやって来たのか、どっちです」
 帆村は叫んだ。緑鬼の隊長と見えるココミミ君は、帆村のつよい言葉に、ぎくりとしたようであった。帆村たち地球人類を殺すために、ここへ封じこめたのではないことは、よくわかっている。しかし彼の部下は怒りっぽいのだ。帆村に図星をさされたことを憤《いきどお》って、帆村を殺そうとしているのだ。
 ココミミ君は、なにか意を決したもののごとく部下のそばへとんでいった。そのときふしぎな光景が見られた。ココミミ君の頭の上に出ている触角《しょっかく》が、にゅうっと一メートルばかり伸び、長い鞭《むち》のようになった。つぎにその鞭のようなものは、かりかりと奇妙な音を立てて、蛸《たこ》の手のように動いた。そして帆村に組みついて放さない緑鬼どもの角《つの》にまきついては、これをゆすぶった。
 すると緑鬼は、急にがたがた体をふるわせて、どすんと尻餅《しりもち》をついた。こうしてココミミ君は、つぎつぎに緑鬼たちを倒してしまった。山岸少年は兄のうしろで、目をぱちくり。
 救われた帆村は、べつにおどろいてもいず、はずれた飛行服の釦《ボタン》をか
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