けて、にっこり笑う。
「ココミミ君。君と二人で、よく話しあいたいものですね」
 と、帆村はいった。
 するとココミミ君は、触角をするすると頭の中にしまいこみ、帆村のところへやってきて、手を握った。
「あなたの申し出に賛成します。われわれは、お互いの幸福のために、しずかに話しあわねばなりません。そうですね」
「もちろん、そうですよ。乱暴をしては、話ができませんからね」
 と、帆村がこたえた。ココミミ君は、なかなか話のわかるミミ族だ。
「それではすぐ話にかかります。まずみなさん方をしばらくの間、ひとりひとりに隔離します。私たちは手わけして質問にゆきます」
「それはいけない。われわれの行動は自由です。しかし、せっかく君がそういうんだから、僕だけは君がいうところへついていきましょう」
「それは困る。ぜひ、ひとりひとりを……」
「そんなことは許しませんぞ。それよりも、早く地球の話がわかった方がいいのではありませんか。この大宇宙にすんでいるのは、地球人類とミミ族だけではありませんよ。他の生物の方が早く地球と話をつけてしまえば、君たちは困りはしませんか」
 この一語は、ココミミ君にひどくきいたらしい。彼は、それでもさっき言ったことをやりとおすのだとは言わなかった。
 が、他の緑鬼どもは、いつの間にか起き上り、彗星二号艇のそばに立っている、山岸中尉と山岸少年の方へ襲《おそ》いかかろうとしている。
 山岸中尉は、うしろに弟をかばい、右手にはピストルを握りしめ、もしも近づく奴があれば、一撃のもとにうちたおすぞと、緑鬼をにらんだすさまじさ。
 これをみておどろいたココミミ君は、ころがるようにして仲間のところへとんで来た。そしてふたたび触角の鞭をふりまわした。緑鬼たちは、たわいなくごろごろとその場にころがった。
 そのときココミミ君は、すっくと立上り、呼吸をするような姿勢になった。すると彼の頭上に生えていた三本の触角が、すうっと垂直に立った。と、そのうちの一本がぐにゃぐにゃと下りてきて、垂直に立つ他の二本の触角を、まるで竪琴《たてごと》の絃《いと》をはじきでもするかのように、ぽろんぽろんとはじいた。音が出たにちがいない。しかし帆村たちには、その音が聞えなかった。
 それが通信だったと見え、あやしい白雲の奥から、どやどやと一隊の人影があらわれた。いや、人影というよりも、鬼影といった方がいいかも知れない。
 彼らはココミミ君の前に整列した。新しく来た彼らは、体の色がすこし淡《うす》かった。そしてどこかおとなしいところがあった。ココミミ君は帆村にいった。
「これはタルミミ隊の者です。これから、このタルミミ隊が皆さんのお世話をします。私の隊員は、戦闘をするのが専門ですから、自然皆さんに失礼があったと思います。しかし私どもとしては、はじめて迎える地球人類にたいして、そうとう警戒の必要を感じていたわけですから、どうぞあしからず。で、このタルミミ隊は、じゅうぶん皆さんの気にいるようにお世話をすると思います。なんでもいいつけてください。皆さんのための食事の用意もありますよ。しかし、ここから脱走することのお手伝いだけは、させないでください。でないと、ミミ族を憤激させることになります。そうなれば、もう取りかえしがつきませんからね」
 ココミミ君は、帆村たちにこのようにいって、できるだけの好意を示した。そして帆村にむかい、
「では、もっとゆっくりあなたと話をしたいと思います。いっしょに来てくれますか」
 ときいた。帆村は山岸中尉の許しをえて、ココミミ君の申し出に同意した。そこで二人はならんで歩きだした。一時間もすれば、ここへ戻ってくるという約束のもとに。

   ふしぎな御馳走《ごちそう》

 山岸中尉と山岸少年の二人は、帆村を送って後に残った。中尉は愛弟をうしろにかばって、新米のタルミミ隊をにらみつけていた。
 タルミミ隊は、山岸中尉の前で活動をはじめた。どこからか円い卓子《テーブル》が持出された。椅子もはこんで来た。それから思いがけない御馳走が大きな器《うつわ》にいれられて、卓子の上におかれた。飲物のはいっている壜《びん》もきた。「水」だとか、「酒」だとか、「清涼飲料」とかの、日本字が書きつけてあった。
「さあ、どうぞ召上ってください」
 と、タルミミ君らしい一人が、そういって挨拶をした。山岸中尉は返事に困った。
「御心配はいりません。これはあなた方にたべられないものでもなく、また毒がはいっているわけでもありません。安心して召上ってください」
 タルミミ君は、ていねいにいった。
 山岸中尉は豪胆な人間だったから、ここで弱味を見せてはならぬと思い、蜜柑《みかん》を一箇手にとった。それとなく注意してみるが、内地の蜜柑と変りのない外観をしている。そこで皮をむいた。ぷうんと蜜柑の香りがした。一房ちぎって口の中へほうりこんだ。甘酸《あまず》っぱい汁――たしかに地上でおなじみの蜜柑にちがいなかった。しかもこの味は四国産の蜜柑と同じだった。
「この蜜柑は、どこになったのかね」
 山岸中尉がタルミミ君へ声をかけた。
「日本産ですよ。外の料理も、みな日本産です。あなた方がくるとわかっていたので、用意してあったのです。どうぞ安心してたべてください」
 どんな方法で、日本の料理や、果物などを手にいれたのか、それはわからなかった。しかしたべてみると、たしかに口にあうものばかりだった。そこで弟にもたべるようにすすめた。二人は腹がすいていたのでよくたべた。一度たべた以上は、少くたべても、たくさんたべても同じことだと胆玉《きもったま》をすえた。
(この連中は、おれたちがここへ来ることを知っていたという。こっちはそんなこととは知らなかった。やはりミミ族の方が、われわれ人間より智力が上なのかなあ)
 山岸中尉は、たべながらそんなことを考えた。山岸兄弟が食事をしているのを見て安心したものか、タルミミ隊員は、いつとはなしに二人の前から姿を消してしまった。
「兄さん。あの緑人がみんなどこかへ行ってしまいましたよ」
「うん。しかし、どこからかこっちを見張っているにちがいないから、油断をしないように……」
「はい」
「お前、疲れたろう。しばらく寝ろよ」
「僕、ねむくありません」
「そうか。では兄さんは、二十分ばかりねむる。お前、起してくれ」
「はい、起します」
 中尉はそこにごろんと横に寝た。
「これは寝心地がいいぞ。士官室の長椅子より上等だ。はははは」
 中尉は豪快に笑った。そしてしばらくすると気持よさそうないびきをかきはじめた。
 山岸少年は、兄ののんきさ加減にあきれてしまった。こんなおそろしいところへ来て、ねむってしまうなんて、なんということだろうかと。またこの気味のわるい白い雲のようなものの上で、よくもねむられるものだと感心した。もしもどうかして穴があいたら、二万七千メートルの高空から、体はまっさかさまに下へ落ちてゆくではないか。
 少年は、このふしぎな「魔の空間」の中でとききれないたくさんの謎をかかえこんでしまって、妙な気持でいるのだった。いったいどうしてこんな高空に、地上の建物の一室とちがわない場所があるのであろうか。
 あの怪人どもの頭の上についている、触角みたいなものはなんであろうか。
 怪人どもの正体は、あの中にあるのだと帆村がいったが、それはほんとうかしらん。ほんとうなら、いったいどんな形をしているのであろうか、ミミ族という生物は……。
 地球人類と同じく銀河系の生物だから、親類だと思ってくれと、ココミミ君はいっていた。銀河系の生物とはなんのことだろう。
 こうして考えていけば、謎はつきない。夢のようにふしぎである。しかし夢ではない。頬をつねればちゃんと痛い。
 早くも二十分がたったので、山岸少年は兄を起した。中尉は起き上ると、海軍体操を二つ三つやって、元気に笑った。
「さあ、これでいい。くるなら来い、どこからでも来いだ」
「兄さんは、よくねむれますね」
「いや、さっきはねむくて困ったよ。……まだ帆村君はもどって来ないか」
「ええ、もう一時間を五分ばかりすぎていますがね」
「話が長くなったのかな。それとも……」
「それとも」
「いや、心配しないでいいよ」
 帆村はなかなか姿を見せなかった。なにかまちがいがあったのではないかと、山岸中尉は思った。だからといって、この白昼探しにゆくわけにもいかない。夜のくるのを待つほかないのだ。ところが、夜はいっこうやってこなかった。
 そのはずだ。ここは地球の上ではないのだ。「魔の空間」である。あたり前なら、二万七千メートルはなに一つ見えぬ暗黒界でなければならぬ。それにもかかわらず、こうして白昼のように物の形がみえているのは、ここが「魔の空間」なればこそだ。謎はますます深くなってゆく。

   帆村の偵察《ていさつ》

 帆村は十時間めに戻ってきた。
「どうした。心配していたぞ」
 山岸中尉は喜んで、思わず帆村の手をとった。帆村の手は氷のように冷えきっていた。帆村の顔色は悪く、土色をしていた。そしてぶるぶると悪寒《おかん》にふるえていた。
「どうした、帆村班員。報告しない前に、なんというざまか」
 山岸中尉は、声をはげまして叱りつけた。それは帆村の気を引立たせるためだった。
「はいっ」帆村は大きく身ぶるいして、姿勢を正した。だがつぎの瞬間、崩れるようにへたへたと坐りこんでしまった。
「電信員。艇内から酒のはいった魔法壜をもってこい」
「はい。持ってきます」
 山岸少年は大急ぎで艇によじのぼり、兄にいわれたものを探しあてて下りてきた。
 一ぱいの香り高い日本酒が、帆村を元気づけた。土のようだった彼の顔色が目の下あたりからぽうっと赤くなりはじめ、彼の目が生々と光ってきた。
「どうした、帆村班員」
 三度、山岸中尉は帆村にきいた。
「ああ、機長……」
 帆村は山岸中尉の顔を仰ぎ、それから山岸少年の方を見、なおあたりをぐるぐると見廻した上で、ほっと息をついた。
「遅かったね。なにをしていたのか」
「はあ」と、帆村は喉《のど》をなでながら、
「できるだけ『魔の空間』を偵察してきました。報告することがたくさんあります。第一に、生きている竜造寺兵曹長の姿も見えました」
「えっ、竜造寺に会ったと……」
「そうです。兵曹長は、狭い透明な箱の中にとじこめられています。胸に重傷しているようです」
「ふうん。助けだせないか」
「いま考え中です。話をしたかったが、監視が厳重で、そばへよれませんでした」
「そうか。ではおれが助けにゆく」
「まあ、お待ちなさい、機長。まだお話があるのです。彗星一号艇の乗組員に会いました」
「えっ、一号艇は無事か」
「艇は無事だそうです。私は児玉法学士に会って、それを聞きました」
「望月大尉は健在か」
「はい、大尉も、電信員の川上少年も、軽傷を負っているだけで、まず大丈夫です。児玉法学士は大元気です。彼は緑鬼どもと強い押問答をやって、待遇改善をはかっています。私は彼とよく打合わせました。われわれは、けっして緑鬼どもに頭を下げないことにしました。そして彼らの弱点をついて、あべこべに彼らをわれらに協力させるのです」
「できるか、そんなことが」
「それについて児玉法学士は、一つの方法を考えていました。彼はきっとうまくやるでしょう」
「どういう方法か」
「要するに彼らを説き伏せ、まっすぐな道を歩かせるのです。しかし、もしもこのことが不成功のあかつきには、われわれは即刻この『魔の空間』から引揚げないと危険なのです」
「それはどういうわけか」
「これは私の調べた結果ですが、ミミ族という生物は、われわれ人間とはぜんぜんちがった先祖から生まれたものです。ですから、性格がすっかりちがっているのです。あのココミミ君は、もっとも人間に近い性質を示していますが、あれは人間学を勉強して、あれほど人間に近い性質を示すようになったのです。しかしミミ族は、生まれつきひじょうに残酷な生物です。人情などというものはなく、まるで鉄のように冷たい生物なのです。そのかわり正直この上
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