なしです。ほしいと思うものにすぐ手を出して取り、強い者には頭を下げ、弱い者はすぐ殺すのです」
「どうして、そんなことがわかったのか」
「私が見てきたのです。山岸中尉、彼ら緑鬼は、動物の一種でもなく、また植物の一種でもないのですぞ」
「なんだって」山岸中尉はおどろきのあまり、思わず大きな声をたてた。
「君は途方もないことをいうね。生物といえば、動物と植物にきまっている。それ以外の生物というのがあるだろうか」
しかし帆村は言った。
「そういう理窟は、地球の上だけにあてはまるのです。他の世界へ行けば、かならずしもあてはまらないのだと思います」
「すると、いったいどういう種類の生物だというのかね、あのミミ族は……」
山岸中尉は、こめかみに指をたてて、むずかしい顔をした。帆村のいうことがわかりかねるのだ。もちろん誰にだってわかるはずはない。
「まだ判定の材料がすっかり集っていないから、しかとはいえませんが、私の考えるところでは、緑鬼ミミ族は、高等金属だと思います」
「なに、高等金属。わははは。君は気がどうかしているよ。わははは」山岸中尉は大声で笑った。帆村は、かくべつ腹をたてた様子もなく、真面目な顔をしていた。そして中尉の笑いのしずまるのを待っていた。
「金属が生きものだ。ふつうならば、そんなことを考えないよ。わははは。帆村君、しっかりしてくれよ」
中尉の笑いはなかなかとまらなかった。そこで帆村は、やむなく口を開いた。
「ちょっと待ってください。地球の上で、金属は生物だなどといっては、たいてい笑われるでしょう。しかし他の世界へ行けば、金属が生きものである場合があるのです」
「ばかばかしいことだ。それは暴論だよ」
そういわれても、帆村はひるまなかった。
「地球上に存在する金属の中にも、ほんの僅《わず》かの種類ですが、生物らしき現象を示すものがあるのです。それを言いましょう。ラジウムはアルファ、ベータ、ガンマ線を出して年齢をとり、ラジウム、エマナチオンになり、やがては鉛となります」
「そんなことが生物と言えるだろうか」
「生物に似ているではありませんか。また別のことを取上げましょう。無機物の集合体であるところの電波発振器は、空間へ電波を発射します。これは人体における脳細胞の、活動のときにともなう現象と同じです」
「それはこじつけだ」
「継電器はどうです。僅かの電気的刺戟によっていずれかへ動き出し、あげくの果は、大きなものを動かします。電波操縦もこの類です。人体における神経と、筋肉の関係そっくりではありませんか」
山岸中尉は、帆村が後から後へとならべる例について、心から同感だとはいいたくなかった。しかし聞いているうちに、なんとなく金属も生きているらしい気がしてきた。帆村は一段と声をはげまし、
「地球以外の星には、ラジウムよりも、もっと重い金属があって、おそろしい放射能を持っているものがあるのです。そういう奴は、ラジウムよりもずっと高等な生物ですよ。高等金属といったのは、そういう物質を指すのです」といったが、山岸中尉がまだ知らん顔をしているのを見ると、帆村は別なことをいい出した。
「機長。この『魔の空間』が、この前白根村に墜落したときに、なぜ私たちの目には見えなかったのか、そのわけを考えてごらんになったことがありますか」この質問は、山岸中尉をひじょうにおどろかせた。
「えっ、この前『魔の空間』が白根村に墜落したって。そんなことが、どうして……」
大胆な推理
「魔の空間」と、白根村の怪事件とを結びあわせた、帆村荘六の大胆な説は、山岸中尉にとって、すぐには了解できることではなかった。
「まあ、ゆっくりお話しましょう。飛行楔の中で……」
と、帆村は山岸中尉と山岸少年をうながして、飛行機の中にはいった。三人はめいめいの座席をえらんで、そこに腰をおろした。山岸中尉は、魔法壜の口をあけて、残りすくない番茶を、疲れている帆村にあたえた。帆村は感激して、ほんの一口だけうけた。
「そこで白根村の怪事件のことですがね。歩いていた山岸中尉が、急に歩けなくなったというのは、あなたが『魔の空間』の壁にぶっつかったからですよ。あの壁ときたら、軟らかい硝子《ガラス》かゴムみたいに、いくら体をぶっつけても怪我《けが》をしないかわりに、どんなことをしても破れるようなことはないのです。そんなに丈夫な壁なのです」
帆村は手まねをまぜて、「魔の空間」のふしぎな性質について説く。
「あれが壁だとするとおかしいぞ。前方がはっきり見えたが、透明な壁だというのか……」
山岸中尉が、熱心に聞きかえす。
「そうです。もちろん透明の壁です。ですから『魔の空間』が前に落ちていても、それが見えなかったのです」
「そうすると、白根村に、『魔の空間』が落ちたとして、その空間の中にはなにもはいっていなかったんだろうか……」
「それはもちろんはいっていました。『魔の空間』を動かす一種のエンジンも備えつけてあるし、またミミ族も何十名か何百名か、その中にいたにちがいありません」
「それはおかしいぞ、帆村班員」
と、山岸中尉は目をかがやかし、
「その空間に、エンジンだの、ミミ族たちがいたのなら、横からすかしてみて、かならず形か影かが見えるはずである。しかし私は、そんなものを見なかった」
山岸中尉のいうことは、もっともに響いた。白根村に落ちた「魔の空間」が、空《から》っぽであれば、透きとおって見えるかもしれないが、その中にエンジンがあり、ミミ族がいたのなら、かならずその形か影が見えるはずだ。これには帆村も答弁することができないだろうと思われた。だが帆村は答えた。
「ところが、実際はエンジンもあり、ミミ族もいたのです。しかしそれがあなたがたの目に見えなかったというのもほんとうのことでしょう。これにはわけがあるのです。むつかしい理窟ですが、ぜひわかっていただかねばなりません」
と、帆村は力をこめていうと、山岸中尉と山岸少年の顔をじっと見つめ、
「そのわけというのは、そのとき、『魔の空間』はひじょうに速い振動をしていたために、人間の目には見えなかったのです。たとえば飛行機のプロペラは、とまっているときはよく見えます。ところがあれが回転をはじめると、私たち人間の目には見えなくなるでしょう。つまり、あまり速く動いているものは、人間の目には見えないのです。『魔の空間』は、プロペラの回転による運動どころか、もっとはげしい速さで動いているのです。一種の震動であります。あまり速く震動しているために見えないのです。『魔の空間』の壁も、エンジンも、ミミ族も、みんなこのとおりのはげしい震動をしているので、あなたがたの目には見えなかったのです。これでわけはおわかりになったでしょう」
帆村荘六は、そういって二人の顔を見た。
目にもとまらぬほど速く動き、あるいは回転し、あるいはまた震動するものが、人間の網膜《もうまく》にうつらないということはほんとうだ。帆村がいうのには、「魔の空間」というものは、おそろしくはげしい震動をしている物体であるから、目には見えず、それで透《す》いて見えるのだというのだ。自分の目の前に自分の指を立ててみる。指はよく見えている。ところがこの指を左右にはげしく動かしてみる。はげしく動かせば動かすほど、指は見えなくなる。そして向こうのものがはっきり見える。その理窟だと、帆村はいうのである。
「ほう、高速運動体だから、人間の目には見えないというのか。なるほど、これは一つの理窟だ。扇風機の羽根も、廻りだすと目に見えなくなるが、あの理窟と同じだという……」
わかったようでもあり、腑《ふ》におちないようでもある。どこが腑におちないのか。
「で、帆村班員、なぜ、『魔の空間』はそのように高速運動をしているのか」
腑におちないのは、この点だ。山岸中尉はさっそく帆村に質問を発した。
ところが帆村は首を左右に振り、
「それがわかれば、われわれはミミ族の正体をはっきり捕らえることができるのですが、残念ながらそれがわからないのです。しかし、こういうことはいえる。ミミ族はわれわれと同じような人間でもなければ動物でもない。この前、私がいいましたように、ミミ族はどう考えても金属でなければならない。生きている高等金属でなければならぬというのも、じつはこの問題からきているのです。われわれはもっと勉強しなければ、ミミ族の正体を解くことはできないでしょう」
と、帆村は額に手をあてて言った。
「生きている高等金属、金属は死んでいるものだ。金属が生きているとは思えない。帆村班員の説は納得できない」
山岸中尉は、はっきり反対した。これは山岸中尉でなくても、誰もそう思うだろう。
ところが帆村は顔をあげると、首をもう一度、強く左右に振って見せ、
「前にもいいましたが、ラジウムやウラニウムは、放射線をだして生体をかえていく。これも一種の生活がいとなまれているといえないことはないです。わが地球には、ウラニウム以上の重物質はない。しかし他の天体には、これ以上の重物質、生気溌溂《せいきはつらつ》というか、ぴんぴん生きている物質があるのではないかと思う。そういう高等金属は、一種の思考力を持つこともできるように思うのです。それはいったいどんな経過を通って、どうして行われるか、そいつは今のところ、われわれ地球の人間にはわかっていない。ただそういうことがありそうだ、と思われるだけである」
帆村の口調は、いつとはなしにきびしいものとなっていた。そして彼の顔つきが、なんとなく人間ばなれがして見えた。
ほんとうであろうか、帆村の推論は……。これをたしかめるには、ミミ族の一人を捕らえて解剖してみるしかない。
血路《けつろ》は一つ
山岸中尉は、帆村の説に半信半疑であったが、しかしさしあたり帆村の説をほんとうとして、万事やるよりほかないと思った。つまりこの「魔の空間」についても、またミミ族についても、彼よりも帆村荘六の方がはるかによく観察しているし、考えの深いことも尊敬に値した。
「なんとかして、ここを脱出したい、そして一刻も早く地上の本隊へ報告したい。どうすればここを脱出できるか」
山岸中尉は、帆村の顔を見て、意見をのべるよううながした。
「それはむつかしい問題ですよ」
帆村は正直に言った。はじめ「魔の空間」を征服しようとして突撃したのに、あべこべに「魔の空間」にこっちが征服されてしまったのだ。だからこれを破って、自由になることは、なまやさしいことではない。
「それはわかっている。しかしわれわれは一刻も早く、ここを脱出しなければならぬ」
山岸中尉は、きっぱり言った。軍人という者は、自分にあたえられた任務をやりとげるために、いかなる困難にぶつかろうと、それを突破して進まねばならぬのだ。
「なにぶんにも、『魔の空間』の壁はひじょうに丈夫である上に、よく伸縮しますから、これを切り開くことはなかなかむつかしいと思います。この前は、わが噴射艇彗星号が全速でもって、『魔の空間』の壁にぶつかったが、ぐうっと押しかえされてしまいましたからね」
帆村は、あのときのことを思い出して、脱出のむつかしいことをのべた。
「機関銃で撃ってもだめですか」
さっきから黙って話を聞いていた山岸少年が、口をはさんだ。
「機関銃弾では、おそらくだめだろうね。しかし、君はいいことを言ったよ」
と、帆村は山岸少年の方を見て、にっこりした。少年は目をぱちくり。
「機長、思いきって、こういうことをやってみてはどうですか。そのかわり失敗すれば、私たちは、たちどころに命を捨てなければなりません」
そう言って、帆村が語りだした脱出方法というのは、艇《てい》に積んである爆弾を、全部一箇所にまとめ、これを爆発させるのである。するとうまくゆけば、「魔の空間」に穴が明《あ》くかもしれない。穴が明くものとして、その穴めがけて、艇は全速力で空間の外へとびだすのである。
もし穴が明かなかったら、そのときは艇は、「魔の空間」のつよい壁に頭をぶっつけ、この前やったように
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