、うしろへ跳《は》ねかえされるだけで、大失敗に終ろう。
 また穴が明くとしても、たぶんその穴はすぐふさがれてしまうだろうから、穴からとび出すのは、爆発の起ったすぐあとでないと、うまくいかないであろう。これを決行するとなると、たいへん危険なことであって、もしも爆弾の一部が残っていたとすると、艇が穴のところを通りぬけようとした瞬間、その残りの爆弾の炸裂《さくれつ》にあって、艇はこなみじんとなってしまわなければならぬ。
 さあ、どうするか……。
 山岸中尉は、口をかたく結んで、しばらく考えこんでいたが、やがてきっとなって頭をあげると、
「よし、それを決行するぞ」
 と、だんぜん言いきった。
 帆村荘六の考えだした方法が、ついに採用されることになったのである。
「だが、その前にしなければならぬことが二つある。一つは望月大尉と連絡して、その許可をうけることだ。もう一つは、いかなる方法を講じても、竜造寺兵曹長を救いだし、彼を連れてかえることだ」
 山岸中尉は、どこまでも模範的な士官であった。上官の許可をうけることと、不幸な部下をぜひとも救いだして連れていくこと、この二つをやった上で、今の脱出にとりかかろうというのだった。
 帆村は、この二つのことのために、また新しい活動をはじめなければならなかった。
 望月大尉と山岸中尉が会うことは、それほどむつかしいことではなかった。ミミ族は、望月大尉以下の地球人間を、完全に「魔の空間」に捕らえていると信じていたので、この空間の中で彼らが会って、なにを語りあおうと、たいしたことはないと考えていた。
 山岸中尉は望月大尉に会うと、脱出計画のことを報告して許可をもとめた。大尉はもちろんそれを許して、
「まあ、よく注意をしてやってくれ」
 と言った。
「隊長はどうせられますか」
 と、山岸中尉がきくと、大尉は、
「おれたちは、しばらくここに残る。いささか考えるところがあるからな」
「はあ、なぜですか」
「皆ここを抜けでていってしまうと、せっかくミミ族とつきあいの道ができたのに、ぷっつり切れてしまうからなあ」
「でも、危険ですぞ、あとに残っておられると……」
「まあいい。おれにも考えがある。それに児玉班員は、なかなか外交交渉が上手《じょうず》だから、おめおめミミ族にひねり殺されるようなことにはならんだろう」
「では、われわれも一応ミミ族の同意をえたうえで、ここを脱出しましょうか」
「いや、それはいかん。それを知ったら、ミミ族はどんな手段をとっても、君たちをここからださないよ。無断でいくのがよろしい」
 さすがに望月大尉であった。ちゃんとなにもかも見とおしていた。

   脱出決行

 一方、竜造寺兵曹長を救いだすことであったが、これは帆村と山岸少年の二人が力をあわせて決行した。
 竜造寺兵曹長は、一人牢の中にいれられていた。そのわけは、兵曹長はここへとびこむと、たいへん怒って、ミミ族を相手にさんざんあばれたのだ。それがために兵曹長は、重傷を足に負い、出血多量で人事不省になってしまった。そこでミミ族は、ようやく兵曹長をかついで、一人牢の中へ移すことができた。
 帆村は、竜造寺兵曹長の一人牢のあるところを知っていたので、そこへ山岸少年をつれていった。
 兵曹長は、いきなり日本人の顔が二つ現れたのでおどろいた。しかもよく見ると、その一人は帆村であったし、もう一人は自分の上官の愛弟であったから、夢かとばかりよろこんだ。
 だが双方は、手を握りあうわけにいかなかった。その間には透明な壁があって近づくことができなかったのである。しかも一方から声をかけても、相手にとどかなかった。密閉した壁が、それをさまたげているのだ。
 帆村は、かねてそれに気がついていたので、山岸少年をつれてきたのだった。少年は、帆村のいうことを、手旗信号でもって兵曹長に通じた。もちろん旗は持っていないから、手先を動かして信号したのである。
 兵曹長の目はかがやいた。兵曹長はさかんにうなずきながら、やはり手を動かして、返事を信号にしてよこした。
 こうして双方の連絡はついた。
 兵曹長は、この牢の外側に、錠《じょう》がおりているらしいと言った。もちろんそれは透明だから見えなかった。しかし兵曹長がその位置を教えたので、帆村は手さぐりで、そのありかを探しあてた。幸いにも、それは外側からつっかい棒のようなものをしてあるだけのことであったから、帆村はすぐはずすことができた。大成功である。神の御加護にちがいない。
 が、兵曹長を今ここからだすことは、ミミ族に見つかって、脱出のさまたげになるから、もうしばらく中にいてもらうことにした。そして帆村は、脱出の用意ができたら、かならず迎えにくるからと、兵曹長に言って、山岸少年とともにそこを離れた。
 機のところへもどってくると、山岸中尉は待ちかねていた。兵曹長を救うことはわけなしだと聞いて、中尉のよろこびは大きかった。
 そこでいよいよ脱出準備にかかることとなったが、ミミ族がここへ食事をはこんでくるのが十三時だから、そのすぐ後で、爆弾を正面の壁のところへはこぶこととした。
 あとはなにを何時何分にすると、くわしい時刻表をこしらえて、三人は手わけしてそれを持った。
 ミミ族はいつもの三人づれで、十三時にちゃんと食事を持ってきて、すぐ帰ってしまった。なにも知らないらしい。
 いよいよ決行だ。
 うまく脱出に成功するか、それとも押しもどされるか、こなみじんになるか。
 今となっては一ばん気になることは、噴射艇のエンジンをかけて、燃料をたきはじめてから、全速力で出発するまでの時間のことだ。これはどんなに手際《てぎわ》よくやっても三十秒はかかるのである。この三十秒のうちに、ミミ族に発見され、そして出発をさまたげるような手段をとられたら、せっかくの計画もだめである。
 が、そんなことを、いまさら心配していてもしようがない。こうなったら、腹をきめて、さらりとやってのけるのがいいのだ。
 帆村は山岸中尉とともに力をあわせて、爆弾を壁のところへはこんだ。爆風が艇の方へこないように、不要の機械を置いて防いだ。
 山岸少年は、ひとりで竜造寺兵曹長を救いだしにいった。それが帰ってくるころには、爆弾は全部はこびおわるはずであった。
 誰が時間をまちがっても、この脱出計画はうまくいかなくなるのだ。
 だが幸いにも、万事すらすらといった。
 山岸中尉と帆村が、最後の爆弾をかついで艇を出発するとき、少年は竜造寺兵曹長をつれてもどってきた。
「あ、山岸中尉……」
 竜造寺兵曹長は、山岸中尉の姿を見ると、感きわまって、足をひきずりながら駆けよろうとする。それを中尉は、叱るようにして押しとどめ、帆村をうながして爆弾をかついで走りだした。
 爆裂の時限をちゃんとあわせた。あと一分五十秒で爆裂するのだ。
 一分二十秒で駆けもどって機内にはいり、十秒で扉をとじ、エンジンの燃料に点火する。あと二十秒でエンジンは全速力を出してもいいようになる。と、爆裂が起る。すぐ出発だ。穴の中をくぐりぬけるまでに、時間は二秒とかからないであろう。これが計画だった。
「それ、急げ」
 山岸中尉は、帆村の腕をひっぱるようにして、艇の方へ駆けだした。
 艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子《はしご》をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。
「そら、燃料点火だ」
 帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。
 艇ははげしく震動し、尾部からは濛気《もうき》が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際《せとぎわ》だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。
 だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。
 早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。
「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」
 帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若《たいぜんじじゃく》として、
「かまわん。ほっておけ」
 これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。
 ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。
 しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。
 そのときだった。前方に一大|閃光《せんこう》が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。
「出発――」
 たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。

   奈落《ならく》へ

 自爆か、「魔の空間」から離脱か。
 不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。
 彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。
 それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。
 山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。
 重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。
 だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。
 そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒《あんこく》の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石《いんせき》のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。
 艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦《まさつ》がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱《マッチばこ》に火がついたように、一団の火の塊《かたまり》となるであろう。
 だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。
 艇の危険は、刻々にましていった。
 どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。
 室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。
「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。
 こういう戦慄《せんりつ》すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。
 だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。
「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」
 うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間|鍛《きた》えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。
「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」
 兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。
「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」
 兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。
「ああっ……」

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