少年は、うっすりと目を開いた。
「おいっ、おれの体を起してくれ。操縦席へいくんだ。早くいって、処置をやらにゃ、本艇は空中分解するぞ」
「ええっ、それは……」
 山岸少年は、若いだけに身も軽く、また悲観することも知らず、兵曹長にいわれたとおり彼を助け起した。
 二人は、もつれながら操縦席へいった。兵曹長は片手をのばして操縦桿をつかんだ。それから力をこめて、ぐっ、ぐぐっと桿を手前へひっぱった。
 艇は妙なうなりをあげはじめた。すると速力計の針は逆に廻りだした。速力がだんだん落ちてきたのである。それとともに、竜造寺兵曹長も、山岸少年も気持がよくなった。艇は水平にもどったのである。
「しっかり、しっかり。気をしっかり……」
 兵曹長は、山岸中尉と帆村とを起した。二人とも、ようやくわれにかえった。
「機長。いま、水平に起しました。それまでは艇は急落下しておりました」
「ああ……」
「どこかに穴があいているようです。室内の気圧がどんどん下っていきます」
「ああ、そうか。これはすまん」
 帆村が横合から声をだした。彼は計器のスイッチをぱちぱちと切りかえて、指針《はり》の動きに気をつけた。その結果、空気のもれているのは、尾部に近い左下の部分だとわかった。
「機長。空気の漏洩《ろうえい》箇所は尾部左下です。いま調べてなおします」
「よし、了解。おちついて頼むぞ」
「大丈夫です。さっきはちょっと失敗しました。でも、ちゃんと『魔の空間』から離脱できたじゃないですか。われわれは大冒険に成功したわけですよ」
 尾部の方へはいっていきながら、帆村は元気な声で言った。
「竜造寺兵曹長。見張につけ。敵の追跡に注意して……」
 そうだ。ミミ族はどうしたろう。ゆだんはならない。
「はい」
 兵曹長は、山岸少年に助けられながら、のぞき窓の前の席についた。
「兵曹長。苦しいですか」
 と、少年は聞いた。
「いや、体が思うように動かぬだけだ。目はよく見える。心配はいらん」
 だが兵曹長は、よほど苦しいらしく、歯をくいしばって、額を窓におしあてた。

   かがやく大地

 艇の尾部へもぐりこんで、空気のもれるところをさがしにいった帆村は、なかなかもどってこなかったし、報告もしてこなかった。
 艇を操縦している山岸中尉は、弟に命じて連絡にやらせた。
「機長」
 兵曹長が叫んだ。
「おい」
「見張報告。右舷上下水平、異状なし。左舷上に小さな火光あり。追跡隊かとも思う。そのほか異状なし」
「了解。その小さい火光に警戒をつづけよ」
「はい」
 山岸中尉は、暗視器をその方へむけて、倍率を大きくしてみた。まだはっきりと形は見えなかった。が、とにかく星の光ではなく、別の光源であった。あのあたりが、さっき脱出した「魔の空間」のある場所かもしれない。方位角と仰角《ぎょうかく》とではかってみると、だいたいその見当である。
 山岸少年が、報告にもどってきた。
「機長。尾部の漏洩箇所は、大小六箇であります。大きいのは、径五十ミリ、小さいのは十三ミリ。帆村班員は、瓦斯溶接《ガスようせつ》で穴をうめております。もうすぐ完成します」
「うむ」
 この方は、うまくいきそうである。山岸中尉は、ほっと一息ついた。
 しばらくすると、帆村がもどってきた。
「機長、もどりました」
「おう、ご苦労。どうした」
「見つけた穴は、ぜんぶ溶接でふさぎました。しかし、思うほど効果がありません」
「なに、思うほど効果がない……」
 中尉は室内気圧計へ目をやった。なるほど、穴はぜんぶふさいだのにもかかわらず、まだすこしずつ気圧が下がっていく。目につかない穴がどこかに残っているのだろう。
「どうしたのか」
 中尉は、たずねた。
「はい」
 と、帆村は言いにくそうにしていたが、やがて言った。
「艇の外廓に、ひびがはいっているように思うのです」
「外廓にひびが……」
 中尉はおどろいた。もしそうだとすると、修繕《しゅうぜん》の方法がないのだ。どうして外廓にひびがはいったのだろうか。やはり、あのときにちがいない。
 艇が「魔の空間」を爆破して、その爆破孔をとおりぬけるとき、やっぱり自分の仕掛けた爆発物のため、外廓にひびをはいらせたのにちがいない。
「もちろん、それはいまのところ、わずかな隙間を作っているだけですが、注意していますと、ひびはだんだん長く伸びていくようです。ですから、着陸までに本艇が無事にいるかどうかわかりません」
 帆村の心配しているのは、この点であった。この調子でいけば、ひびがだんだん大きくなっていくだろう。噴射をつづけているかぎり、その震動が伝わって、ひびはだんだんひろがっていく理窟である。といって、噴射をやめると墜落のほかない。
 しかもこの調子では、まだそうとうの高度のときに、艇内の空気はうすくなって、呼吸困難、または窒息《ちっそく》のおそれがある。
 思わざる危難がふりかかった。しかもその危険は刻々に大きくなろうとしているのだ。
 なんという気持のわるいことだろうか。
「よし、わかった。あとはおれにまかしてもらおう」
 と、山岸中尉は、歯切れのいいことばで言った。それにつづいて、中尉は胸の中で叫んだ。
(空中勤務に、予期しない困難が、あとからあとへと起るのは、有りがちのことだ。これくらいのことに、腰をぬかしてたまるか。危険よ、困難よ、不幸よ、さあくるならいくらでもこいだ。われら大和《やまと》民族は、きさまたちにとっては少々手ごわいぞ)
 空中勤務者は、あくまで冷静沈着でなければならない。空中で、これを失えば、自分で死神を招くようなものだ。
 その場合の死神は、ルーズベルトのおやじみたいなもので、こっちが死ねば、その死神といっしょに、ルーズベルトまでがよろこぶのだ。そんな死神を招いてたまるものか。冷静と沈着とを失ってならないわけは、ここにある。
 それから機長山岸中尉の、あざやかな指揮がはじまった。
 山岸少年に命じて、地上の本隊との間に無電連絡をとらせた。そして帆村に命じて、「魔の空間」へ突入してから後のことを、こまごまと地上へ報告させた。
 これは万一、この艇が空中分解をするとも、わが偵察隊の調べてきたところは本隊へ通じ、これから後の参考資料となるにちがいないからだった。
 竜造寺兵曹長には、見張をつづけさせた。兵曹長の目と判断は、百練をへたものであるから、ぜったいに信用がおけるのだった。
 そうしておいて、山岸中尉自身は、操縦桿をすこし前へ押しやって、艇を緩降下《かんこうか》の状態においた。
 両翼は、浮力をつけるために、せい一ぱいひろげた。そして噴射の速度をできるだけおそくして、その震動を小さくし、ひびが大きくなっていくのをできるだけふせぐことにした。
 また容器に残っている酸素の量をくわしく調べ、もっとも倹約して、生きていられるだけの酸素をすって、何時間呼吸をつづけられるかを計算した。その結果は、安心できる程度ではなかった。最悪のときは、三十分間にわたって、酸素なしで半気圧の空間を下りなければならないのだ。しかしほかに処置とてなかった。あとは運命である。「人事をつくして天命をまつ」のほかないのであった。
 中尉の頭脳の中は、きちんと整頓せられていた。これから先、どんなことが起っても、そのときはこうするという処置が考えられてあった。ただし処置なき出来事が起った場合は、運命にまかせることとしてあった。
 山岸中尉の処置よろしかったために、彗星二号艇の乗組員は、さしもの難関を突破して、ふしぎに白昼の地上に着いた。しかし艇は着陸にあたって大破炎上した。
 山岸電信員が、あらかじめ連絡をしてあったために、彗星二号艇の不時着の場所には、すぐさま本隊員がかけつけて火災を消し、艇の破れ目から四名の勇士を救いだした。
 それから四名は、本隊に帰還した。
 班長左倉少佐は、ただちに山岸中尉からはじまって、順々に隊員の報告を受けた。すべて愕《おどろ》くことばかりだった。中でも帆村荘六の怪鬼ミミ族についての報告は、班長をたいへんびっくりさせた。
「うむ、そうか。ミミ族の地球攻撃が、そこまで進んでいるとは知らなかった。この上は一日もむだにできない。ただちにミミ族をわが上空から追い払わねばならぬ」
 そう言って、班長左倉少佐は、山岸中尉と帆村とを連れ、あわただしく隊の飛行機にのって、いずれかへ出かけた。

   ストロボ鏡の発明

 いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞《ふてい》の宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。そして世界中の人間は、はじめて耳にする怪魔ミミ族の来襲に色を失う者が多かった。
「もうだめだ。ミミ族というやつは、地球人類より何級も高等な生物なんだから、戦えばわれら人類が負けるにきまっているよ。こうとしったら、穴倉でもこしらえて、食料品をうんとたくわえておくんだった」
「どこか逃げだすところはないかなあ、噴射艇にのって、ミミ族のおいかけてこない星へ移住する手はないだろうか」
 などと、あいかわらず弱音をはく人間が、いわゆる文化国民の間に少くなかった。
 そうかと思うと、てんでミミ族を甘く見ているのんきな連中もいた。
「ミミ族だって、地球人類をすぐ殺すつもりでやってきたわけじゃあるまい。なにか物資をとりかえっこしたいというんだろう。そんならこっちもミミ族のほしい物をだしてやって、交易をやったらいいじゃないか。喧嘩腰《けんかごし》はよして、まずミミ族の招待会を開いて、酒でものませてやったらどうだ」
「そうだ、そうだ。ミミ族だって、地球人類だって同じ生物だ。話せばわかるにちがいない。ひとつ訪問団をこしらえて、ミミ族の代表者を迎えにいってはどうか」
「それがいいなあ。とりあえず僕は、ミミ族におくる土産物《みやげもの》を用意するよ」
 こんな連中も、多くではないが、のさばりでた。だが、こののんきな連中は、まもなく大きな失望に見舞われた。
 それはミミ族の一隊が突然カナダのある町にあらわれて、その町を、住民ごとすっかり天空へさらっていってしまったという、驚くべき事件が起ったからであった。
 もちろん警察飛行隊はすぐ出動して、嵐にまう紙屑《かみくず》のように、天空に吸いあげられていく町の人々や、木や、家や、牛や、馬や、犬などのあとをおいかけた。しかし一時間ばかりすると、どの飛行機ももどってきた。
 彼らの報告は、きまって同じだった。あの奇妙な竜巻をおいかけていったが、そのうちどこへ消えたか、彼らの姿が全然見えなくなったそうである。そして晴れわたった青い空に、太陽だけがかがやいていたという。
 こんな騒動が、世界のあちらこちらで起り、それはあとからあとへ世界中へ放送され、人々の恐怖は日とともにつのっていった。
 ふしぎなことに、そういう事件が相ついで起っても、ミミ族は一ども姿を見せなかった。ミミ族の方では、よほど注意して、人類の目にふれることをさけたのである。
 しかし、そうとは知らない騒動の町の学者たちは、帆村の報告した「ミミ族会見記」をうたがいだし、相ついで起る騒動も、じつは天災であって、ミミ族などという、宇宙生物のせいではないと力説する者さえでてくるしまつだった。
 これに対して帆村荘六は、すぐには弁明しなかった。それというのが、彼はわが地球人類の目をくらますミミ族の裏をかいて、ミミ族の行動がはっきり見える器械――それを帆村は「電子ストロボ鏡」と名づけたが、その器械を設計し、その試作をいくつかやっては、新しく改良を加えていたから、たいへん忙しかったのだった。
 この電子ストロボ鏡は、帆村の手によって、ついに完成せられた。そしてそれは大量生産にうつり、やがて各隊へくばられた。
 この電子ストロボ鏡には、大小いろいろとあって、大きいのは天文台の望遠鏡くらいもあったし、一番小さいものは、手のひらに握ってしまえるほどであった。しかしその能力にはかわりはなく、肉眼ではとても見えないものが、はっきり見えた。
 このストロボ鏡の一番大きいものは、左倉少佐のところにあった。
 それを参観
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