にきたあるえらい軍人は、ストロボ鏡を通して、天空をのぞいてみてびっくりした。それもそのはずであった。一片の雲もなき晴れた大空に、楕円形の風船みたいなものが浮かんでおり、そしてよく見ると、その風船みたいなものの中に、蟻《あり》くらいの大きさの生物が、さかんに走りまわっているのが見えた。
「見えましたか。その楕円形のものが、帆村荘六の名づけた『魔の空間』です。それから中にうごめいているのは、ミミ族であります」
「ほんとうに本物が見えているのかね。この望遠鏡みたいなものの中に、なにか仕掛があって、絵でも書いてあるのではないか」
 と、そのえらい軍人は、半分はじょうだんにまぎらわして、不審な顔をした。
「いや、絵がはりつけてあるわけではありません。絵でないしょうこには、ミミ族はしきりに活動しておりましょう」
「ふむ、なるほど、これは絵ではない。ふしぎだなあ。普通の望遠鏡では見えないものが、これで見るとちゃんと見えるのはどういうわけか」
「はあ。それはミミ族や楕円体は、たいへんはげしい震動をしているので、肉眼では見えません。しかしこの電子ストロボ鏡では、相手の震動がとまるところばかりを続けて見る仕掛になっているから、ちゃんと見えるのです。その原理は、ちょうどフイルム式の映画を映写幕にうつすときと似ています。いずれあとから、発明者の帆村荘六がくわしく御説明するでしょう」
 帆村荘六の発明した、この電子ストロボ鏡は、ミミ族にとっておそるべき器械だった。
 もはやミミ族は、この器械の前には姿をかくすことができなくなったのである。
 こうしてミミ族は、帆村の発明のために、急に形勢不利となった。

   戦《たたかい》はこれから

 帆村荘六の発明した電子ストロボ鏡によって、今まで地球人類の目には見えなかったミミ族や、「魔の空間」がよく見えるようになって、人類はたいへん力を加えた。
 だが、この電子ストロボ鏡の発明だけで、人類はミミ族を征服できるわけではなかった。帆村の発明は、敵の姿が見えるようになったというだけのことにすぎない。ミミ族を攻撃するには、もっとミミ族という怪生物を調べ、そしてミミ族が、どんな力に弱いかを知らなければならない。
 帆村荘六が、山岸中尉の隊からはなれ、新しく作られたミミ族研究所長に就任したのは、この際まことに結構なことであった。
 帆村は、山岸少年を連れていった。そのほかに、頭脳明晰な科学者を十数名集めて、このミミ族研究所は、いそがしく発足したのであった。
 班長左倉少佐は、帆村にぜひ一日も早く、ミミ族の正体と弱点とを探しだしてくれるようにと頼んだ。左倉少佐は、山岸中尉から「魔の空間」脱出当時のすべての話を聞いて、今は帆村をぜったい信用しているのだった。そして帆村の研究のため、あらゆる便宜をはかる決心だった。
 帆村は事実たいへん便宜をえた。海軍航空隊を出動させることなんか、全くすぐやってくれるし、宇宙線を通さない丈夫な箱――それはミミ族の檻《おり》に使うつもりだった――を作るのに、なかなか手まどると聞けば、隊の資材や労力を貸してくれるという風で、帆村のやりたいことや、欲しいものは、思いどおりにかなった。
 そのために、帆村はいよいよミミ族と正面からぶつかる用意を、わずかあれから三箇月後に完了したのだった。帆村はそのことを報告するために、一日左倉少佐を訪ねたのであった。左倉少佐はたいへん喜んで、すぐ別室から山岸中尉を呼びよせ、二人で帆村の報告を聞くことにした。
「おかげさまで用意はととのいましたから、いよいよ明日から、ミミ族狩りをはじめます。また御支援を願わねばなりません」
 帆村はミミ族狩りの決行を報告した。
「そうか。いよいよやるか。しかし相手は、人間ばなれのした恐しい奴だから、じゅうぶん気をつけるように……」
 班長は注意を与えた。
「はい。じゅうぶん注意します」
「で、どういう風に、ミミ族狩りをするのか」
「は。ミミ族は、こちらに電子ストロボ鏡のあることを知らないらしく、好きなときに、空から地上へ「魔の空間」を近づけてきます。私はそのうちに、どこか内地の手ごろなところへ下りてくるやつを、攻撃してみるつもりです」
「そうか。で、攻撃兵器は……」
「いま、二種だけ用意してあります。一つは怪力線砲です。これはごぞんじのとおり、短い電磁波を使ったもの。もう一つは音響砲です」
「音響砲、それは初耳だなあ」
 左倉少佐は、山岸中尉と顔を見あわせる。
「班長、その音響砲は、帆村君の最近の発明兵器です。なかなか有効です」
 山岸中尉がにこにこして言った。
「私の発明したものには違いありませんが、大したものではありません。要するに特別の音響が、ホースから水がとびだすように、一本になって相手にかかるのです。この音響は、多くは人類の耳には聞えない超音波です。これを『魔の空間』にあびせると、『魔の空間』を震動させている機関に異状がおこり、そして『魔の空間』は墜落するのではないかと思うのです」
「なるほど、それは面白い考えだ」
「とにかく私の、いま持っている狙《ねら》いは、『魔の空間』を撃墜するためには、『魔の空間』の原動力になっている、強くて周波数の高い震動を、なんとかして邪魔して停止させることと、もう一つは、ミミ族の生活力は宇宙線であるから、ミミ族を捕らえて、宇宙線の供給をだんだん少くしてゆくと、ミミ族はおとなしくなるだろうということと、この二つです。いかがですか」
 帆村は、二人の顔を見くらべる。
「ミミ族のことは君にまかせるよ。われわれは戦闘を引き受ける。なあ、帆村君」
 少佐はそういって微笑した。
「班長の信頼は大きい。帆村君、しっかり頼むよ」
「山岸中尉。少しは私の考えを批評してください」
「われわれには、よくわからないのだ。正直に言えばね。が、とにかく面白い狙いだと思う。それでやり抜くことにしたがいいなあ」
「そういってくだされば、大いにはげみがつきます」
 帆村は、はじめて笑顔《わらいがお》になった。
 話はそれからいろいろとのびていったが、左倉少佐からも、帆村へ報告すべきことがあった。それは、いまも「魔の空間」にとどまっていると思われる、彗星一号艇の望月大尉たちにたいして、地上から、連日しきりに連絡をとっているが、まだ一度も連絡に成功しないこと、しかしミミ族は、こっちからの無電を聞いているらしく、時々奇妙な音響を聞かせること、それからもう一つの報告は、近くこの臨時研究班は解散し、それにかわって第一宇宙戦隊が編成せられ、左倉少佐が、その司令に就任することが内定しているというのであった。
「ほう、第一宇宙戦隊。いよいよ宇宙戦隊が誕生するのですね。それは結構なことだ。もちろんこれはミミ族と闘うためでしょうね」
「相手はミミ族だけではない。どんな相手であろうと、わが宇宙にけしからん野望をとげようとする者あらば、わが第一宇宙戦隊は容赦しないのだ」
 左倉少佐は決然と言いはなった。

   「魔の空間」の撃墜《げきつい》

 力強い第一宇宙戦隊の産声《うぶごえ》に、感激を新たにして、帆村荘六は、左倉少佐と山岸中尉の許《もと》を辞してもどった。こうなれば、帆村の任務もますます重大である。ぜひとも成功して、ミミ族の正体をつきとめねばならない。
 その翌日から、いよいよ帆村所長の指揮で、ミミ族狩りがはじまった。
 電子ストロボ鏡で、天空をのぞいていると、ちょうど天空から、そろそろと降下してくる回転楕円体の「魔の空間」を発見した。それは約十|粁《キロ》ばかり東へいった、山麓《さんろく》附近を目がけて下りてくるようだ。
「出動――」
 帆村は号令をかけた。所員と警備隊員とは、軍用自動車にとび乗って、街道を全速力で東へ走らせた。
 あと一粁ばかりのところで、車はとめられた。そして陣地がつくられ、車の上へ積んできた怪力線砲と、音響砲は下され、対空戦闘の用意はととのえられた。
「戦闘開始」
 と、帆村は警備隊長の竜造寺兵曹長へ命令を発した。竜造寺兵曹長は、こん度は特に志願して帆村の下につき、警備隊を指揮することとなったのだ。「魔の空間」から救いだされて以来、兵曹長は深く感激し、帆村に恩をかえしたいと思いつづけていたのだ。
「怪力線砲、撃ち方はじめ」
 兵曹長は、はじめ打ちあわせた順序により、まず怪力線砲から射撃をはじめた。目に見えないが、強い電磁波は、一直線にのびていって、天空をわが物顔に下りてくる「魔の空間」を突きさした。
「所長。怪力線は『魔の空間』に命中」
 と、兵曹長は叫ぶ。
 帆村はもちろん、電子ストロボ鏡でそれを見まもっていた。
「怪力線、射撃をつづけよ」
 と、帆村は命令して、「魔の空間」にどんな変化がおこるかと、目を皿のようにして見つめていた。が、三十秒、一分、一分三十秒とたっても、「魔の空間」は、なんの変化も示さず、あいかわらずゆっくりと下降をつづけているではないか。
(だめだ。怪力線砲は効果なしだ)
 帆村はそう思った。
「隊長、音響砲で砲撃を……」
 そういって、帆村は竜造寺兵曹長に命令した。
「音響砲、撃ち方はじめ」
 砲撃はすぐはじまったが、光も見えなければ、音もしない。音響はだすが、超音波のことだから、人間の耳には音と感じないのだ。だが、音響砲は頼もしくも、手ごたえがあった。
「あっ、『魔の空間』が落下の速度を早めたぞ。機関が故障になったのだ。ああ、墜《お》ちる墜ちる。あそこへ急げ」
 帆村は、狙った「魔の空間」が、音響砲の砲撃のため、故障になって墜落するのを見定めると、全員を急がせて、その落下の場所へ移動を命じた。あと僅か一|粁《キロ》ばかりの距離であった。
 竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。
 附近の村の人々は、大さわぎをしている。
「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」
「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」
「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」
「えっ、それはたいへんじゃ……」
 村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。
 目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜《すいか》のお化けのような「魔の空間」だった。
「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」
 と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。
「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」
 帆村は説明してやった。
「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」
「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復《かいふく》し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」
「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」
「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」
 ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度|弾《はず》んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はその
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