もった噴射艇であるかが察しられる。
出発は明後日の午前五時。
あと一日とちょっとしか時間がない。研究班は総員でその準備にとりかかった。噴射艇の出発地点というのが、○○航空隊のある村から、山道を五里ほどはいったところで、鬼影山《きえいざん》と、青葉嶽《あおばがたけ》との間にある、忍谷《しのぶだに》という山峡であった。
決死偵察《けっしていさつ》に出発
いよいよ宇宙偵察隊が出発する日が来た。その出発地点である忍谷では、夜あかしで準備がととのえられた。
噴射艇の彗星一号艇と二号艇とは、射出機の上にのり、もういつでも飛び出せるようになっていた。
この噴射艇は最新鋭のもので、特に宇宙飛行用に作ったものであるから、出発のときは、燃料や食糧をうんと積みこんでいるので、非常に重い。だからどうしても射出機を使わないと、うまいぐあいに出発ができないのだ。
その射出機も、ふつうのものでは力がたりないので、忍谷で用意したのは、電気砲の原理を使った射出機だった。これなら十分に初速も出るし、また電気でとびだすのだから、硝煙《しょうえん》や噴射|瓦斯《ガス》のため地上の施設が損傷する心配もなかった。
高い鉄塔の上から照らしつける照明灯は、地上を昼間のように明かるくして、どこにも影がない。蛾《が》の化物みたいな形の噴射艇の翼の下をくぐって、飛行服に身をかためた一人の男があらわれた。それは帆村荘六だった。帆村は腰をのばして、噴射艇をほれぼれと見上げる。
「じつに大したものだ。こんなすばらしい噴射艇が、完成していようとは思わなかった。これなら月世界くらいまでは平気で飛べるぞ」
と、ひどく感心のていで独言《ひとりごと》をいっている。そのとき同じような飛行服を着た別の男が、こっちへ走ってきた。そして後ろから帆村の肩をぽんとたたいた。
「おお、帆村君。もうすぐ出発だそうだぜ」
帆村がふりかえってみると、それは彗星一号に乗組む児玉法学士だった。
「やあ、児玉君」と、帆村は児玉の手をとり、しっかり握った。
「じつは僕は心配をしているんだ。宇宙への冒険飛行に、君のような法律家を引張り出して、さぞ君は迷惑しているのじゃないかと……」
「つまらんことをいうな」
と、児玉法学士は途中で帆村のことばをおさえた。
「僕は君の好意に、大いに感謝しているんだ。君の好意で臨時宇宙戦研究班へ引張りこまれた僕は、自分の生命を投げ出して一生けんめいになれる日本男児の仕事は、これだと気がついたのだ。見ていてくれたまえ。僕はこれから科学技術をどんどんおぼえていくよ。今に君をびっくりさせてやるから」
児玉法学士は元気のいい声で笑った。
「まあ、しっかり頼むよ。児玉君」
「うん、心配はいらん。今にして僕は気がついたんだが、日本人は、科学者や技術者にうってつけの国民性を持っていながら、今までどうしてその方面に熱心にならなかったのか、ふしぎで仕方がない。もっと早く日本人が科学技術の中にとびこんでいれば、こんどの世界戦争も、もっと早く勝利をつかめたんだがなあ」
「過ぎたことは、もう仕方がない。ひとつ勉強して、工学博士児玉法学士というようなところになって、僕を驚かしてくれたまえ」
「工学博士児玉法学士か。はははは、これはいい。よし、僕はきっとそれになってみせるぞ」
熱血漢の児玉法学士は、いよいよ顔を赤くして笑った。しかし、さすがの児玉法学士も、やがて彼が宇宙の怪物を相手に、法学士の実力を発揮して、たいへんな役をつとめようとは、神ならぬ身の知る由《よし》もなかった。帆村にしても、彼が児玉法学士を引張りこんだことが、一つの神助《しんじょ》であったことに、まだ気がついていないのだった。それはいずれ後になってわかる。
東の空が、うっすらと白みそめた。と、刻々と明かるさがひろがっていって、高い鉄塔の上から照らしつけている照明灯の光が、だんだん明かるさを失っていった。とつぜん喇叭《ラッパ》が鳴り響いた。総員整列だ。時計を見ると出発まで、あと三十分だ。
帆村たちは、地上指揮所の前に整列した。班長左倉少佐が前に立っている。一同敬礼を交《かわ》す。それから班長から、本日の宇宙偵察隊出発について、力強い激励のことばがあった。
整備隊長から、彗星一号艇、二号艇の出発準備がまったく整ったことが、班長左倉少佐へ届けられる。
班長はうなずいて、これから出発する望月大尉以下六名をさしまねいて、宇宙図を指《さ》しながら、更にこまごました注意をあたえた。また一号艇長の望月大尉と、二号艇長の山岸中尉との間に打合せが行われ、両艇は、なるべく編隊で飛ぶこととし、もし何か大危難《だいきなん》に遭遇したときは、一艇はかならず急いで地上へ戻ることとし、両艇とも散華《さんげ》するようなことはせぬ、そしてその場合、山岸艇が地上へ戻り、望月艇は奮戦を続けることにもきめられた。
午前五時。正確なその時間に、左倉少佐の号令一下、まず噴射艇彗星一号が、するどい音を発して、さっと空中にとびあがった。山頂の杉林の上を一とびに越えて、朝やけの空をぐんぐん上昇して行く。十秒後には、艇はもう噴射瓦斯を後へもうもうと、ふきだしていた。
無電報告が、彗星一号艇から来た。
「スベテ異状ナシ。総員士気|旺盛《オウセイ》ナリ」
かんたんな電文であるが、搭乗員も艇も、機関や機械類もすべて異状なしとあって、班長左倉少佐をはじめ地上員は大安心をした。
二十秒おいて、山岸中尉らの搭乗した彗星二号艇が出発した。これもうまくいって、みるみるうちに先発艇のうしろに追いついてしまった。北の鬼影山の頂の上空に、二つの艇は二組の尾をひきながら、すこしも狂わない調子で、ぐんぐん高度をあげていく。
異状なしとの無電報告が、二号艇からもやってきた。
左倉少佐は大満悦《だいまんえつ》に見うけられる。双眼鏡から目を放すと、室内へはいって来て、
「おい、通信長。テレビジョンをのぞかせろ」
と、テレビジョンの受影幕をのぞきこんだ。壁間には昼間もはっきり見える九個の受影幕が、三個ずつ三列に並んでいた。その真中の受影幕には、彗星一号艇二号艇が、画面いっぱいにうつっていた。
「窓のところへちょいちょい出てくる、この顔は誰の顔か」
と、左倉少佐が幕面を指した。
「これですか。これは児玉班員であります」
「ああ、児玉か。彼はあいかわらず、じっとしていられない男だな。しかし成層圏へ上ったら、空気と圧力が稀薄になるから、児玉も自然猫のようにおとなしくなるだろう」
成層圏《せいそうけん》征服
宇宙偵察隊の噴射艇二台は、引続き調子もよく、上昇していく。この噴射艇は、彗星号というその名にそむかないりっぱなものである。文字どおり彗星のように、空をきって行くのである。
噴射力が強いので、速度もすばらしく大きい。中でたいている噴射燃料というのが、特殊な混合爆薬で、これが燃焼して、すばらしく圧力の強い瓦斯を吹きだす。しかも噴射器の構造が非常にうまくできていて、最も速度が出るような仕掛になっている。
艇内は気密室になっている。しかも三重の気密室である。室内は、どんなに高度をあげても、気温や温度が大体高度三四千メートルと同様な状態に保たれ、それ以下には下らぬようになっている。この程度なら、空気をきれいに洗うことも、酸素をおぎなうことも、また室内を温めることも、それほど大きな消費をしないで、艇は長時間にわたる航空にさしつかえないのだ。
室内には、万一の場合に備えて、気密服や兜《かぶと》も用意してあるが、ふつうの場合は、気密服や気密兜を体につける必要はなく、飛行服だけでよいのだ。だから初期の成層圏機にくらべて、居住はたいへん楽であった。居住が楽であるということは、偵察任務にしろ、操縦にしろ、通信にしろ、また戦闘にしろ、すべてが窮屈でなく、十分に実力を発揮できるということである。居住が楽でないと、たちまち実力の半分とか、三分の一とかに落ちてしまう。そこで飛行機や噴射艇の設計者は、設計のときに楽な居住ができるように努力しなければならぬわけだ。
さて、このへんで、作者は二番艇の内部の模様をお知らせしようと思う。
操縦席についているのは、いうまでもなく山岸中尉だ。そのうしろに偵察員として帆村荘六がいる。そのとなりに横向きになって、電信員の山岸少年が、無線装置に向かいあっている。
おもしろいのは、みんなの座席が、重力の方向に曲がっていることだ。艇は殆《ほとん》ど垂直に近い角度で上昇しているので、座席が固定していると、体が横になってしまって自由がきかない。それでは困るから、座席は自然におきるようになっている。そのとき計器盤や無線装置も、座席といっしょにぐっと垂直になるので、非常に便利だ。
「機長」
帆村が上を向いて叫んだ。
「おう」
山岸中尉が答える。
「高度二万メートルを突破しました」
「はい、了解」
白昼だというのに、窓外はもうすっかり暗い。窓は暗紫色である。太陽は輝いているが、空はすこしも明かるくないのだ。だから、あれは太陽ではなくて、月ではないかしらと、帆村はいくたびか錯覚を起しそうになった。もちろん星が暗黒の空にきらきらと美しく輝きだした。どう見ても夜の世界へはいったとしか思われない。成層圏を始めて飛ぶ帆村荘六は、非常な奇異な思いにうたれつづけであった。
「寒くなったら、電熱服を着なさい。また呼吸困難になったら、酸素を吸入なさい」
山岸中尉は、成層圏になれない帆村と弟のために、親切なはからいをとった。しかし二人とも、これくらいの寒さや息苦しさなら、まだ大丈夫だといって、がんばりとおしていた。
艇内の正面の計器盤の上に、テレビジョンの受影幕が二個並んでいた。そしてどっちにも像がうつっていた。
右のものは、飛行艇の操縦席と、その後部がうつっている。操縦席には、望月大尉の明かるい顔があった。だからこれは、先行する彗星一号艇の内部がうつっているのだとわかる。
左のものは、広い部屋である。奥の方には机や、椅子が並んでおり、飛行服をつけた者がしきりに通っている。これは忍谷基地の地上指揮所の屋内である。
当番の電信兵の顔の右半分が、画面の端にあらわれているが、それが何だかおどけたように見える。
こうやってテレビジョンで連絡をとっていると、非常に便利である。地上の指揮所でも、一号艇や二号艇の内部が、壁間の受影幕にうつっているのだから、その像のうつっているかぎり、両艇は安全な飛行をつづけているなと安心していられるのである。
地上にいて、ほんとうは、たいへん気をもんでいる班長左倉少佐であったけれど、あまりたびたびテレビジョンに顔を出しては、望月大尉や、山岸中尉の注意力をそぐおそれがあると思って、必要なとき以外はなるべく顔を出さないようにしていた。
いつとはなしに時刻は過ぎ、いつか高度二万メートルを突破した。いよいよ危険な超高空に近づいて来た。
望月大尉は、山岸中尉から貰《もら》った地図をひろげて、竜造寺兵曹長の飛んだとおりの航路をなるべく飛ぶことにして、ここまでたどりついたのである。さて、この先には何者がいるのであろうか。鬼畜《きちく》か悪魔か、とにかくすこしも油断はならない。望月大尉は、二号艇へ「警戒せよ」と、テレビジョンの中から手先信号で、注意をあたえた。
大危険帯
窓外はいよいよ暗黒だ。
死の世界、永遠の夜の世界だ。
その中に、どんな恐しい悪魔がひそんでいるかわからないのである。
「ノクトビジョンを働かしているか」
望月大尉から山岸中尉への注意だ。
ノクトビジョンとは、暗黒の中で、物の形を見る装置だ。これは一種のテレビジョンで、一名暗視装置ともいう。これで見るには、相手に向けて赤外線をあびせてやる。物があればこの赤外線で照らしつけてくれる。肉眼では見えないが、赤外線をよく感ずるノクトビジョン装置で見れば、まるで映画をみるようにはっきり物の形がわかるのである。
「高度二万五千メートル……」
帆村荘六が大きな声で報告する。
「あと三
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