うなると、われわれ飛行科の者は、平常から宇宙戦争の尖兵《せんぺい》たる覚悟で、勤務せなきゃならんですな。これは大変だ」
 兵曹長は、いが栗頭を、太い指でぽりぽりとかいた。
「兵曹長のいう通りだ。今の話でいくと、これからの防空第一線は、成層圏、いや成層圏よりも、もっと上空のあたりになるぞ。幕状オーロラ(極光)が出ているところは、地上三百キロメートルの高空だが、あの極光を背景として、他の遊星生物の空襲部隊と、壮烈なる一大空戦を展開するなどということになるかもしれないね」
「これは困った。われわれは、高度三百キロメートルどころか、その十分の一にも足《た》りない高度の成層圏飛行で、今しきりに冷汗をかいているのですからなあ。急いで勉強して、一日も早く極光圏を征服しなければなりません」
「そうだとも。それから更に進んで、月世界や火星までも飛行ができるようになっていなければ、間に合わんぞ」
「やれやれ、話が手荒く大きなことになりましたな」
「そうだよ。宇宙の敵からわれわれを守るためには、すくなくとも月世界や、火星、土星などという遊星を、わが前進基地として確保しておかねばならぬ。さあ、そうなると、今のプロペラで飛ぶ飛行機や、噴射で飛ぶロケット機などでは、とてもスピードが遅すぎて、役に立たないぞ。まず飛行機から改良してかからにゃ駄目だ。十八歳の少年兵のとき、飛行機に乗って火星まで行って、そこで引返して地球へ戻ってきたら、八十八歳のおじいさんになっていたでは困るからなあ」
「十八歳の少年が帰って来たら、八十八歳の老人に……。はっはっはっはっ。それは困るですなあ。ぜひもっと速い飛行機を作ってもらいましょう。はっはっはっはっ」
 中尉と兵曹長は、帆村をそっちのけにして、来るべき宇宙戦争の想定ばなしに、腹をかかえて笑いあった。
 しかしこれが決して笑いごとではないことは、すでに両人とも、肚《はら》の中に十分に承知していた。

   深夜の電話

 ちょっと聞くと、非常に突飛《とっぴ》に思われる帆村の宇宙戦争の警告が、山岸中尉と竜造寺兵曹長の共鳴するところとなったのは帆村にとって、たしかに気持のいいことだった。
 それに児玉法学士も、あれ以来すっかり帆村と仲よしになり、調査隊の捜査のひまを見ては、鉱山の研究室へ帆村を訪ねることが多くなった。児玉は調査隊の七人組の助手の一人であるが、その中ではいちばん年が若いのであった。いや、他の六人がいずれも五十歳以上であるのに、児玉だけはまだ二十九歳であった。
「帆村君。何か新しい発見はなかったかね」
 と、今日も児玉は、帆村をたずねて来た。
「おう、児玉君。さあこっちへはいりたまえ」と、帆村はすっかり親しみのある言葉づかいで、彼に一つの椅子をすすめた。
「例の緑色がかったねじの頭みたいなものね、君も見て知っているね」
「ああ、知っているよ。室戸博士に見せたあれだろう」
「そうだ、あれだ。あれを東京の大学で、僕の友人が分析したのだ。その報告が今日手紙で来たよ」
「報告が来たか。それは面白いなあ。で、どうだった」
 児玉法学士の目が輝く。帆村は、机の上から一つの封筒をとりあげ、その中から報告用紙を抜き出して開いた。
「まあ、これを読んでみたまえ」
 帆村は、にんまりと笑いながら、それを児玉に手渡した。児玉はそれを受取ると、大きくごくりと咽喉《のど》をならして、紙の上に書かれてある文字に目を走らせた。と、彼の顔が急に硬くなった。
「どうだ。わかるかね、児玉君」
 帆村は煙草《たばこ》を握った指先で、自分の頤《あご》をかるくはじいている。
「ふうん……」児玉は大きな嘆声を一つついた。それからこんどは両肩をゆすぶった。
「た、大変な報告じゃないか。あの緑色がかったねじの頭のようなものは、一種の金属材料でできているが、あのような金属は、これまで世界のどこでも発見されなかったものである。――ということが書いてあるね」
「そうなんだ。つまり、今日わが地球上において知られている元素は九十二種あるが、あの緑色がかったねじの頭のようなものは、その九十二種以外の数種の元素を含んでいるという証明なんだ。それが如何《いか》なる物質であるかは、今後の研究に待たなければならないが、とにかくこういうことだけはわかったと思う。すなわち、あれは地球以外の場所から運ばれて来たものらしいということだ」
「そうなるわけだね」児玉法学士はうなずいた。
「だから、あれは例の怪物の落していったものだということもわかるし、それからまた同時に、あの怪物が、地球の外から来た者だということもいえるのだ。そうじゃないか」
 帆村はいつになく、はっきりと断定した。
「そうだ、そうだ。たしかにそうなる」
 児玉はもうこれ以上椅子の上に落着いて坐っていられないという様子で、椅子から腰をあげて帆村の前に立った。
「ねえ帆村君。あの怪物は地球外から来た者だ。これは今や間違いないね。ところで僕は、あの怪物が岩の上で消えてなくなるところを見たんだ。このことは未《いま》だに信用してくれる人が少い。しかし決して僕の目も気も狂っていなかった。あれは本当だ。真実だ」
「僕は、君が本当のことをいっていると信じているよ。しかも始めから信じている」
「ありがとう。僕は君にお礼をいう」
 と、児玉は帆村の手を握って強くふった。
「そこでじゃ、大問題が残っている。あの怪物は、姿を消した。しかし全然|居《い》なくなったのではない。どこかに居るのだ。僕たちの目には見えないが、あの怪物はたしかに居るのだ。君は、僕のいうことを否定するかね」
「いやいや。君のいうとおりだ」
「そうか。うれしい。とすると、油断ならないわけだ。あの怪物は、あんがい僕たちの傍《そば》に立って、にやにや笑いながらこっちを見ているかもしれん。あの怪物は、やろうと思えば、僕たちの首を切りおとすこともできるのだ、全然僕たちの知らないうちに。これはどうして防いだらいいだろうか。ねえ帆村君」
 児玉は、今や恐怖の色を隠そうとはしない。
「大丈夫だよ、児玉君。すぐどうこうということはないと思う。しかし君が今いったとおり、あの見えない怪物を、なんとかしてわれわれの目で見られるように、至急工夫しなければならんと思う」
「ああ、そういう機械は、ぜひ必要だね。それができれば、白根村にあらわれた、見えない壁の事件も解けるわけだ」
「なるほど、君はえらい」
「なぜ」
「なぜでも、例の怪物事件と白根村事件とが、同じ関係のものだということを、君はちゃんと心得ているからだ。そういう考え方でもって、この事件を解いていかないと、本当のことは決してわからないのだ」
 帆村は児玉の考えをほめた。そしてこの児玉となら、何を話しても論じてもいいぞと思ったのであった。
 こうして二人の間だけではあったが、二つの怪事件についてかなり解決は前進したのであった。だが大局から見ると、それはまだほんのわずかな一部分がわかったにすぎなかった。それはちょうど盲人が、体の大きな象の尻尾《しっぽ》だけに触れたくらいのものだった。象の巨体に触れるためには、まだまだ勉強もしなければならず、新しい機会をつかむことも必要であった。
 ところが、帆村の望んでいた新しい機会が、それから四五日たった後に、急に向こうからやって来たのである。
 それはある夜ふけて帆村の家へ、電話がかかって来たのである。電話口へ出てみると、相手は意外にも山岸中尉であった。
「どうしたのですか、今頃……」
 と、帆村が聞くと、中尉はいつもとは違った硬い様子で、
「ご迷惑でしょうが、すぐあなたお一人で、隊へ来ていただきたいのです。こっちに重大事件が起ったのです。電話ですから、詳しくお話しできませんが、あなたも知っておられる竜造寺兵曹長が、成層圏飛行中に行方不明となってしまったのです。しかも非常にふしぎな文句の無電を私のところへ送って来て、その直後に連絡がぱったり切れてしまったのです。それについてぜひともあなたのお力を拝借したい。どうかすぐ隊へ来て下さい。なおこの事件は絶対に秘密ですから、ご承知置き下さい。私は寝ないであなたを待っています」
 受話器を掛けると、帆村はこういう時の仕事をするために用意しておいた鞄《かばん》を、壁から外して肩にかけると、急ぎ家をとび出した。
 いったい、竜造寺兵曹長はどうしたというのであろうか。山岸中尉の電話によると、普通の飛行事故ではないらしい。
 どうしたのであろうか。暗闇の街路を向かって駆けて行く帆村の頭の中を、例の緑色の怪物の幻影が、電光のように閃《ひらめ》いて消えた。

   切れた無電報告

 帆村は自動車を操縦して、深夜の街道を全速力で走った。
 航空隊についたときは、もう翌日の午前一時になっていた。門をくぐって、衛兵に来意をつげると、衛兵は山岸中尉から連絡されていると見え、すぐ案内してくれた。
「やあ、よく来てくれましたね」
 山岸中尉は、いつもとはちがい、すこし青ざめた顔によろこびの色をうかべて、帆村を迎えた。中尉は、さっきから竜造寺兵曹長の行方不明事件で、心をいためていたらしい。
「いったいどうしたのですか」
「いや、まあ、部屋で話しましょう」
 山岸中尉は廊下を先に立って案内し、隊付《たいつき》という名札のかかっている自室へ、帆村をみちびき入れた。
 部屋の中は広くないが、寝台が一つ置いてあり、机が一つ、衣服箱が一つ、壁には軍刀がかかっていた。あとは椅子が三つ四つあるばかりで、すこぶる簡素で気持がよかった。
 扉をたたく者があった。「おい」と、中尉が返事をすると、従兵がはいって来た。帆村にていねいに礼をしたうえで、机の上に菓子の袋と、土瓶《どびん》と、湯呑茶碗とを置いた。
「もう用はない。寝てくれ」
 中尉は従兵へ、やさしい瞳《ひとみ》を送る。
 従兵が出ていくと、この部屋には山岸中尉と帆村の二人きりとなった。
「いったいどうしたのですか」
 と、帆村がもう一度同じことをいった。
「やあ、まったく困ってしまったんです。本日午前七時、竜造寺兵曹長は、成層圏機に乗ってここを出発しました。命令によると、兵曹長は高度二万五千メートルまで上昇することになっていました。なお余裕があれば三万メートルまでいってもよいことになっていました……」
 成層圏のいちばん低いところは一万メートルである。それから上へ約四万五千メートル、つまり高さ五万五千メートルまでが成層圏とよばれるのだ。竜造寺兵曹長のめざしていったのはちょうどこの半分くらいの高さだった。
「飛行の間、地上とは定時連絡をしていました。私は地上の指揮をしていましたから、兵曹長からの無電はみんな聞いていました。午前十一時に、ついに二万五千メートルに達し、それから三万メートルをめざして、再び上昇をしていったのですが、飛行機の調子は非常によいといって喜んでいました。ところが、午前十一時四十分になって、とつぜん兵曹長との無電連絡がとまってしまいました」
 山岸中尉の眉《まゆ》がぴくぴくとうごく。
「地上からいくら呼出しても、上では兵曹長が出てこないのです。上からの電波もまったく出ていません。無電に故障を生じたのかなと思いました」
「なるほど」
「ところが、それから十五分ほどたった午前十一時五十五分になって、こんどはとつぜん兵曹長からの無電です。それが非常に急いでいるようでして、こっちからの応答信号を受けようともせず、いきなり本文をうってきたのです。その文句がこれですが、まあ読んでみてください」
 話を聞いているうちに、ぞくぞく身のけがよだつような気持になってきた帆村は、中尉から渡された受信紙の上に目をおとすと、それは鉛筆の走り書きで、片仮名がかいてあり、その横に漢字をあてて書きそえてあった。
“……高度二万八千メートルニ達セシトコロ、突然|轟音《ゴウオン》トトモニハゲシキ震動ヲ受ケ、異状ニ突入セリ、噴射機関等ニマッタク異状ナキニモカカワラズ、速度計ハ零《レイ》ヲ指シ、舵器《ダキ》マタキカズ、ソレニ続キ高度計ノ指針ハ急ニ自然ニ下リテ、ホトンド零ニ
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