れなかった。
 帆村は手帳を持ったまま席を立ち、中尉のそばへ行こうとしたが、ちょうど山岸少年が通りかかったので、彼に狭い通路をゆずってやった。
「本艇はただいま大危難にさらされている。死の覚悟をしてもらいたい」
 中尉はふるえていた。
「お待ちなさい――。いや機長、意見をいわせてください」
 と、帆村がいった。
「よろしい。何でもいってよろしい」
 中尉は、帆村の意見も、この際何の役にも立つまいと思った。
「機長。私は、私たちがいま生命の危険におびやかされているとは考えません。いや、むしろぜったいに安全だと思うのです」
「なぜか。説明を……」
「いや、そんなことは後で話をしましょう。それより目下最も大切なのは、本艇が積んでいる、成層圏落下傘と投下無電機です。こればかりは敵に渡さないようにして下さい」
「敵、敵とは……」
「いまの二種のものは敵の目をくらますために、糧食庫の底へでも入れておいた方がよくありませんか」
 帆村は、中尉にはこたえないで、自分のいおうとすることだけについて語った。
「敵とは誰ですか、帆村さん。アメリカ人ですか」
 と、山岸少年がたずねた。少年もいっこうわけがわか
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