刀をさしこんで引きまわすように、濃緑褐色の「魔の空間」の壁が、煙のあがっているところで、すうすう引きさかれ、そして引きさかれたあとの黒い条《すじ》は、ずんずんのびてゆくのであった。
「ああ、見える。すごい斬味《きれあじ》だ、サイクロ銃は……」
 兵曹長が感激して言った。と、帆村の射撃はますます威力を発揮し、やがて「魔の空間」の側面の壁は、大きく丸く切りとられ、切りとられた部分だけが、土煙をあげて前に倒れた。そして大穴があいてしまった。
「あっ、中が見える。中にうごめいているのは、ありゃ緑鬼どもだな」
「そうだ。ミミ族だ。さっきから音響砲の砲撃をくらって、かなり弱っている。さあ、そこをつけこんで、あ奴《いつ》らを、みな生擒《いけどり》にしてもらおう」
「はい、了解。……全員、突撃に……」
 兵曹長は、自らも音響砲をとりなおすと隊員をひきい、まっ先に立って、「魔の空間」の破れ穴めがけて突入した。
 それから「魔の空間」の中で、戦闘がはじまった。しかし帆村の言ったように、ミミ族の緑鬼どもは元気がなく、すこぶる簡単に、竜造寺隊のために片づけられてしまった。緑鬼たちは、いつもと違い、自分たちの姿や、「魔の空間」が人間の目によく見えるので、戦うにはたいへん不利だった。
 帆村は、かねて用意したとおり、この緑鬼どもを、宇宙線遮蔽をしてある檻の中にぶちこんだ。宇宙線遮蔽がしてないと、彼らは宇宙線からエネルギーをとって、おいおい元気を取りもどすから、宇宙線は、彼らがかろうじて生きていられる程度の、少量に下げておく必要があった。
「よし、これでいい。これだけ緑鬼どもが手にはいれば、こん度こそ、すっかり緑鬼の正体をあばいてみせるぞ」
 帆村は、大きな獲物のはいった檻を前にして、はじめて会心の笑《え》みをもらしたのであった。
 それから帆村の研究所は忙しくなった。活発な研究がはじまったのである。
「魔の空間」の材料に関する試験と、研究が進められた。またミミ族の一人一人を解剖して、その正体をさぐった。この前は、解剖の寸前に逃げられてしまったが、こん度は宇宙線を遮蔽した、特別の構造を持った解剖室で行ったので、逃げられる心配はなかった。
 この解剖は、人体の解剖とちがい、メスのかわりに、ドリル(孔《あな》をあける機械)や酸水素高温焔器や、火花焼切器などの工作機械が使われ、解剖台の上に、赤い血液が流れるかわりに、ミミ族の体から精巧な金属製の部品が取りはずされてならべられた。だから、すこしも血なまぐさい感じがしなかった。
「じつに巧妙にできた機械人体だ」
 と、帆村は所員の顔を見まわして言った。
「しかしミミ族は、単なる機械人体ではない。この機械人体を動かしているものこそ、ミミ族の正体だ。つまりミミ族の正体は、もっとこの内部にあるのだ。さあ、さらに解剖をつづけよう」
 所員は、ドリルを取り上げ、酸水素高温焔器の焔《ほのお》を針のように細くし、さらにミミ族の解剖を奥へ進めた。
 やがて愕《おどろ》くべきことがわかった。
「ほら、体の中は、がらん洞《どう》ですぞ」
「がらん洞。やっぱりそうか」
「がらん洞ですが、細い電線みたいなものが、網の目のように縦横に走っています」
 帆村は、この発見にもとづき、別のミミ族を引きだして、これを高速鋼の回転|鋸《のこぎり》にかけて、唐竹割《からたけわり》に頭から下まで、縦に二つに割ってみた。二分された緑鬼の体は、二隻の舟のように見えた。なるほど内部はがらん洞であった。そのがらん洞の中に、細い電線のようなものが、網の目のように入りみだれて走っているが、その中心に、真赤なぺらぺらした硬い藻《も》のようなものがあった。それを切り取ると、両手ですくいあげられるほどの僅かな分量のものでしかなかった。
 だがこのとき、思いがけないことが起った。それは、その真赤な硬い藻を両手ですくいあげたその所員は、急に両手をふるわせ、悶絶《もんぜつ》してしまった。
 そこで研究はそっちのけで、この所員にたいし、応急手当が加えられた。幸いに彼は間もなく息をふきかえしたが、その語るところによると、両手がち切れそうな苦痛を感じたという。彼には見せなかったが、繃帯《ほうたい》で包まれた彼の両手は、大火傷《おおやけど》をしたようにはれあがり、骨はぐにゃぐにゃになっていた。真赤な硬い藻が、おそるべき力をひめていることが、こうして発見されたのである。
「そうか。やっとわかった。この赤色藻こそ、ミミ族の正体だ」帆村はそう言って、解剖台から二三歩後へ下った。
「えっ、これがミミ族の正体だというと、どういうわけですか」
「つまり、ミミ族はやっぱり金属生物なんだよ。この赤い藻のように見えるのがそれだ。だがわれわれは、この珍しい金属については、はじめてお目にかかったわけで、これが
前へ 次へ
全41ページ中39ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング