りの距離であった。
 竜造寺隊長の指揮もあざやかに、全員は現場に車を乗り入れると、まだ地上まで墜ちきらない「魔の空間」を中心に、まわりをぐるっと取りまいて、陣地をつくった。
 附近の村の人々は、大さわぎをしている。
「なんだね、あれは……。でっけえ風船みたいじゃが、あんなでけえやつは見たことがねえだ」
「いやな色しとるな。殿様蛙の背中みたいじゃ。やれまあ、気持のわるい」
「これこれ、早く待避せんかちゅうのに。あれが地面にあたって大爆発すると、村の家が皆ふっ飛んでしまうちゅうぞや」
「えっ、それはたいへんじゃ……」
 村人たちは、こわさはこわし、気になるので見てはいたしで、待避壕をはいったりでたりの、混雑をくりかえしている。
 目に見える「魔の空間」だ。それははじめてのことだった。濃緑色と暗褐色のだんだらに塗られた、西瓜《すいか》のお化けのような「魔の空間」だった。
「帆村所長。あの『魔の空間』は、なぜよく見えるのですか」
 と、山岸少年が帆村の腕をひっぱった。
「ああ、そのことか。そのわけは、『魔の空間』の機関が、音響砲にやっつけられて、故障になったのだ。そうなると、『魔の空間』のはげしい震動がぴたりととまってしまったんだ。震動がとまれば、当然われわれ人類の目に見えるわけだ。『魔の空間』にしろ、ミミ族にしろ、震動していればこそ、われわれの目に見えないのだ。だから理窟はわかるだろう」
 帆村は説明してやった。
「すると、この前鉱山で解剖されかけた、ミミ族が、急に空中へとびあがり、姿が見えなくなったのは、そのときやっぱり震動を起したからですか」
「そうだ。解剖の前までは、あの緑鬼は仮死状態になっていたのさ。そのうちに、地上を飛んでいる宇宙線を吸って体力を回復《かいふく》し、空中へとび上ったのだ、そして身体の震動が一定のはげしい震動数に達したとき、われわれの目にはもう見えなくなったのだ」
「ふしぎな生物ですね、ミミ族は……」
「いや、今わかっているのは、彼らのほんの一部がわかっているだけにすぎない。ほんとうの正体は、これから探しあてるのだ。……ほら、いよいよ『魔の空間』が地面に激突するぞ」
 ものすごい光景が、起るだろうと予想していた者は、あてがはずれた。「魔の空間」は、すこしばかり土煙をあげ、二三度|弾《はず》んだだけで、あとは丸パンを置いたように、ふくらんだ上部はそのままにして、地上へべったりと腰を下した。その大きさは、二階建の国民学校一棟が楽にはいるほどであった。だから、なかなか大きいものだった。
「隊長、攻撃だ。音響砲で攻めてみてください」
 帆村が竜造寺隊長に言った。
 警備隊員は、長い双眼鏡に引金をつけたような、奇妙な形の音響砲を手にとって、墜落した「魔の空間」に近づいていった。
「困ったなあ、中が見えない。帆村所長、なんとか処置がないですか」
 竜造寺隊長が困った顔でふりかえる。
「うまくゆくかどうかわからないが、サイクロ銃で切ってみよう」
 帆村は所員に持たせてあった、サイクロ銃をとりあげ、台尻を肩におしあてた。これは中性子を利用したすごい透過力のある銃である。あまり遠くまではきかないが、二百|米《メートル》以内なら、岩でも鋼板でもすぱりと切ってしまう力がある。そして近ければ近いほど、その透過力は一点に集中できる便宜があった。
 帆村は大胆にも、そのサイクロ銃をいつでも発射できるように身構えて、ずんずん「魔の空間」に近づいた。
「所長、あぶない。一人では危険だ」
 と、隊長が注意して、隊員とともに、すぐ後から追いかけた。と、帆村はどうしたわけか、五十米手前で、銃を持ったまま、ばったり倒れてしまった。

   ミミ族の正体

「所長。どうした」
 と、竜造寺兵曹長は、倒れている帆村のそばへかけよって、後からだき起そうとした。
「た、大したことはない。ミミ族は、墜落した『魔の空間』の内部から、神経破壊線を射かけてくるぞ。頭がくらくらとしたら、なにも考えてはいけない。考えると、脳神経が焼き切れるのだ。ぼんやりしていれば、間もなくなおる」
「ふうん。神経破壊線といえば、この前、私が『魔の空間』で射かけられて、半病人となったあれだな」
「そうだ。しかしまだ恐るべきほどの力は持っていないから、大したことはない。さあ、この間にサイクロ銃で、『魔の空間』の壁を焼き切るのだ。兵曹長、見ていなさい、サイクロ銃のすごい透過力を……」
 こう言った帆村は、銃を肩につけ、引金をひいた。しゅうんというかすかな音が聞えはじめたと思うと、目の前に小山のように横たわっていた「魔の空間」の一点から、煙のようなものが濛々《もうもう》とあがりだした。
「見ているか、兵曹長。『魔の空間』の壁がさけてゆく……」
 なるほど、そのとおりだ。鯨の腹に、磨きすました
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