重傷の竜造寺兵曹長は、むりに起きあがって、窓外の光景へ見張の目を光らせていた。
だが、この四人が四人とも、この姿勢のままで人事不省におちいっていたのだ。
そのことは四人のうちの誰もが知らなかった。そして艇は人事不省の四人の体をのせたまま、闇黒《あんこく》の成層圏を流星のように光の尾をひき、大地にむかって隕石《いんせき》のような速さで落ちていくのであった。「魔の空間」を出発するときの初速があまり大きかったので、四人とも脳をおされて、気がとおくなってしまったのである。
艇は重力のために、おそろしく落下の加速度を加えつつ、身ぶるいするほど速く落ちていく。空気の摩擦《まさつ》がはげしくなって、艇の外側はだんだん熱をおびてきた。このいきおいで落下がつづけば艇はぱっと燃えだし、燐寸箱《マッチばこ》に火がついたように、一団の火の塊《かたまり》となるであろう。
だが、まだ四人とも、誰もそれに気がつかない。
艇の危険は、刻々にましていった。
どこからともなく、しゅうしゅうという音が聞えはじめた。それは気密室から艇外にもれはじめた空気が、艇の外廓の、破れ穴を通るときに発する音だった。
室内の気圧はだんだん下っていき、がっくりとたれた帆村の頭の前で、気圧計の針はぐるぐると廻っていった。ああ、この有様がつづけば、四人とも呼吸困難になって、死んでしまわなければならない。
「魔の空間」から、幸いにものがれることができたが、このままでは、彗星二号艇は、刻々と最後に近づくばかりであった。
こういう戦慄《せんりつ》すべき状態が、あと十五分間もつづいたら、もうとり返しのつかない破局にまでたどりついたであろう。
だが、そうなる少し前に、――くわしくいえば十三分たった後のこと、この艇内において、一人だけがわれにかえったのである。
「うむ、酸素だ。酸素マスクはどこか……」
うなるようにいったのは、重傷の竜造寺兵曹長であった。さすがは海軍軍人として、ながい間|鍛《きた》えてきただけのことはあって、誰よりも早くわれにかえったのである。
「あっ、これはいかん。おう、たいへんだ」
兵曹長は、艇が危険の中にあることに気がついた。起上ろうとしたが、体に力がはいらなかった。
「おい、起きろ、起きろ。たいへんだぞ」
兵曹長は手をのばして、手のとどくところにいた山岸少年をゆり起した。
「ああっ……」
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