艇の入口には、山岸少年の心配そうな顔がのぞいていた。帆村を先へはいらせて、最後に中尉が梯子《はしご》をのぼる。梯子はぽんと外へ蹴とばし、扉をぴたりと閉める。気密扉だから、全部を閉めるまでに十秒かかるのだ。
「そら、燃料点火だ」
帆村は、時計を見ていて、一秒ちがわず点火する。エンジンは働きだした。
艇ははげしく震動し、尾部からは濛気《もうき》が吹きだす。この三十秒が、命の瀬戸際《せとぎわ》だ。どうぞミミ族よ、気がつかないように……。
だが、それは無理だった。このような爆音、このような震動、そして濛気だ。どうしてミミ族に知られないでいるだろうか。
早くも十秒後には、こっちへ駆けてくる緑鬼ミミ族の姿が見られた。
「ちえっ、見つかったか。どうします、機長」
帆村はピストルを握って、山岸中尉の方へ向いた。操縦席の中尉は泰然自若《たいぜんじじゃく》として、
「かまわん。ほっておけ」
これがほっておけるだろうか。帆村は気が気でない。二十秒たった。あと十秒だ。
ミミ族は、扉をあけようと、艇を外からがんがんたたいている。翼の上にはいあがった者もいる。艇にぶらさがっている者もある。
しかし山岸中尉は平気な顔で、計器盤にはめこんである、時計の秒針の動きを見つめている。
そのときだった。前方に一大|閃光《せんこう》が起った。と、その爆風で、艇はうしろへ押しもどされた。
「出発――」
たたきつけるような山岸中尉の声。がくんとハンドルは引かれ、スロット(飛行機の両翼にある墜落をふせぐ仕掛)は変えられた。気をうしなうほどのはげしい衝動。艇は矢のように飛びだした。一大閃光の中心部へ向かって……。
奈落《ならく》へ
自爆か、「魔の空間」から離脱か。
不幸と幸運とが、紙一枚の差で背中あわせになっているのだ。
彗星二号艇にのっている四人の勇士たちは、艇が全速力で一大閃光の中にとびこんだまではおぼえているが、それにつづいて起ったことを知っている者はひとりもなかった。
それでいて、山岸中尉は、ちゃんと操縦桿を握りしめていた。帆村荘六は、気密室から空気が外へもれだしはしまいかと、計器をにらみつけていた。
山岸少年は、いつでも命令一下、地上の本隊へ無電連絡ができるようにと、左手で無電装置の目盛板を、本隊の波長のところへぴったり固定し、右手の指で電鍵を軽くおさえていた。
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