の挙に対し、全く好意が持てない。これに許可を与えた政府要人にも重大なる責任が存する”“遊星植民に成功するまでには少くとも今後百五十年の歳月を要するのだ。今日それに成功すると思っている者があったら、それはイソップ物語に出てくる牝牛と腹の膨《ふくら》ましっこをする青蛙の類であろう”“本当に大宇宙に人間以上の高等生物が棲んでいるなら、われわれは徒《いたず》らに彼らを怒らせ刺戟させるを好まない。睡れる獅子の目を覚まして自ら喰《く》われてしまうなんて、誰でも歓迎しないであろう”“それは或る重大なる政治的狙いを秘めたる某国の謀略だと認めざるを得ない”――まあ、このくらいにして置きましょう。これによって見れば、罵言《ばげん》は一切根拠のないものですが、特に注意すべきはかかる非難の過半数がユダヤ系から出たものであることと、もうひとつはドイツ国内にも、われらのこの聖なる行動に対し公然非難をしてやまない一派があるということです。以上」
 イレネは読み終って、さっさと踵《きびす》をかえして部屋を出ていこうとする。
「宣伝長、ちょっと質問がある」
 と、魚戸がうしろから声をかけた。
「質問は禁止です」
 イレネは冷たくいって、部屋の扉を閉めた。彼女のお腹《なか》は、相当目につくようになった。
「宣伝長の役柄は大切だ。ヒステリーにさせちゃ駄目じゃないか」
 と、僕は魚戸にいった。
「ヒステリーだって。とんでもない。なんでイレネがヒステリーなものか。艇長の命令を厳格に遵守《じゅんしゅ》しているだけだよ」
 魚戸は弁解していった。
「フランケさん。リーマン艇長にはうるさい政敵があるんでしょ」
 ミミが訊《き》いた。フランケはワグナーの方へ頤《あご》をしゃくりながら、
「政治方面のことは、ワグナー君を措《お》いて論ずる資格ある者なしですよ」
「あらワグナーさんが……。お見それしていましたわ。あんまり普段|温和《おとな》しくしていらっしゃるので、学芸記者かと思っていましたわ」
 と、ミミはちょっと首をかしげてみせて、
「ではワグナーさんの前にひれ伏《ふ》して、お教えを乞い上げますわ」
 ワグナーは、苦しそうな咳払いを二つ三つやってから、
「われらのリーマン艇長の敵は、むしろ国内にありといいたいのです。彼等は、表面はすこぶる手固いように見える、いわゆる自重派《じちょうは》です。だが、リーマン博士にいわせれば、彼等こそ、わが民族の躍進を拒《こば》み、人類の幸福を見遁《みのが》してしまうところの軽蔑すべき凡庸政治家《ぼんようせいじか》どもです。彼等は、リーマン博士の活躍を阻止するため、あらゆる卑劣なる手段を弄《ろう》しています。彼等が特に力を入れているのは言論です。彼等は今やわが幹部政治家をほぼ薬籠中《やくろうちゅう》のものとすることに成功しそうです。そして今わが国民をも彼等の思う色彩に塗りかえ、あらゆる進取的精神を麻痺《まひ》させるためにその用意に掛っています。本艇の冒険旅行の計画者であるZ提督が、はっきり表面に顔を出さないのも、元々そういう事情を考慮してのことです。彼等は今のところZ提督とリーマン博士との関係に気がついていないからいいようなものの、もしそれが知れたなら、非難と中傷は数倍に激化し、われわれはこの緊急なる事業を中止しなければならなくなるでしょう」
「じゃあ、悲観的なことだらけですわね」
「まずそういっていいでしょう。しかし本艇がこんどの冒険旅行でもって、国民の目を瞠《みは》らせるようなお土産を持って帰ることができれば、話はまた自ら変ってきます」
「お土産とは、どんなお土産です」
「それはリーマン博士がさきにいわれたX宇宙族を探《さが》し当て、これを生きたままで地球へ連れ込むことに成功することです。これがうまくいけば、いかなる反対者といえども、最早黙ってしまうでしょう。X宇宙族を目前に見た国民はきっと沸きあがるでしょうから、反対者はもう下手な発言が出来なくなるのです」
「今ワグナーさんから伺《うかが》ったところによれば、本艇の成功と失敗との岐路は、X宇宙族を捕えるかどうかに懸《かか》っているのね。それはまるで大洋の底に沈んだ指環を探し出すくらいの困難な仕事ですわねえ。そうお思いにならない。ワグナーさん」
「僕にはそれを判断する力はありません。一体どうなるか、博士のうしろについていくだけです」
 ワグナーは、あっさりと兜《かぶと》をぬいだ。
「ワグナーさんは、ああ仰有《おっしゃ》いますが、他のみなさんがたは、どんな風にお見込《みこ》みをなすっていらっしゃるの」
 ミミは座長のような顔をして、一座を見わたした。だが、誰も直ぐに応える者がなかった。みんなワグナーと同じ考えなんだろう。
 ただ、暫くしてフランケがいった。
「それはともかく、月世界へ着けば、もう
前へ 次へ
全20ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング