かった。
「われらの月世界着陸は、最も重大なる意義があるのさ。恐らく今度の航程のうちで、最も大きな収穫が期待されているのだと思う。場合によれば、僕は月世界の残留組を志願してもいいと思っている」
さすがにフランケは、しっかりしたことをいう。死の星である月世界なんかつまらんものだと考えていた浅薄《せんぱく》なる僕の認識は、これによって訂正せられなければならなかった。
「月世界へ着陸するのは、あと何ヶ月かね」
「何ヶ月もかからないだろう。多分あと三週間もすればいいのじゃないか」
「三週間? そんなに早いのかね。じゃあ今後三週間は、われらは退屈でしようがないというわけだろうな」
「断じて否さ。出発以後、今日で十三日目だ。退屈した日が一日でもあったかね」
「君のいうことは正しい。僕は来る日来る日を楽しみにしていよう」
「よろしい。そこで今日は配給の酒が渡る日だそうだから、僕はこれから貰ってこよう」
フランケは笑いながら席を立った。
ニュース
あれ以来、ベラン氏はすっかり元気がなくなり、あまり口数をきかなくなった。倶楽部《クラブ》へ姿をあらわすことはあるが、彼は戸棚から小説本を取出して、隅っこに小さくなって頁を拡げていることが多かった。しかしそれを読み耽《ふけ》っているわけでもないらしく、時には一時間も一時間半も、同じ頁を開いたままのこともあった。
ベラン氏にかわり、ベラン夫人ミミがのさばり出した。彼女は一家の暇のある姉娘のように、誰彼の服装について遠慮のない口をきくかと思えば、針と糸とを持ち出して、綻《ほころ》びを繕《つくろ》ったり、そうかと思うと、工作室から鉋《かんな》や鋸《のこぎり》を借りてきて、手製の額を壁にかけたりした。
「ベラン夫人。貴女は名誉家政婦に就任されたようなものですね」
と、僕は、壁に釘をうつ美しい夫人の繊手《せんしゅ》を見上げながら声をかけた。額の中の絵は、ボナースの水彩画で、スコットランドあたりの放牧風景の絵であった。
「岸さんたら、お口の悪い。あたし、運動不足で困っているのよ」
「なるほど。室内体操場で、バスケットボールでもやったらどうですか」
「満員つづきで、とても番が廻ってきませんわ」
「旦那さまをお相手に、室内で輪投げなど如何《いかが》です」
「ああ、それはいい思いつきですわね。でもベラン氏は、あのとおり、運動嫌いですものねえ。貴方に相手をしていただこうかしら」
「いやいや、それは真平《まっぴら》です」
ベラン氏が、僕の方をじろりと見たが、僕の目と会うと、周章《あわ》てて目を本の上に落とした。
それがきっかけとなり、ミミは僕をつかまえて、輪投げを挑《いど》んでしかたがなかった。結局、すこし狭いけれど、倶楽部の部屋を斜めに使って、輪投げ場をこしらえた。
最初はミミと僕だけがそれを楽しんだが、間もなくフランケやワグナーや、はては魚戸までも参加するようになった。
それが機会となって、魚戸と僕は再び地球の上での交際をとり戻した。
或る日、めずらしく宣伝長のイレネが、倶楽部に顔を出した。その手には、書翰綴《しょかんつづり》をもっていた。
「みなさん。出発以来、集って来たニュースの中から、本艇の行動に関係あるものを読みあげますから、聞いていただきます」
そういってイレネは、部屋の真中に立ったが、足許に輪投げの輪が落ちていたのにつまずいて、もうすこしで足首をねじるところだった。
「誰がこんなものをここに持ち込んだのでしょう。こういうことはあたしの許可がいりますわ」
イレネは不愉快な顔をした。
ミミが何かいおうとして前へ出るのを、僕は後ろから引留《ひきと》めた。ニュース発表が中止されては困ると思ったからである。ミミは、僕の腕をぎゅっとつねると、イレネの方へつんと鼻を聳《そび》やかした。
「まず最初に、本艇の出発が、世界中に知れ亘《わた》ってしまったこと。この前、艇長のお話にもありましたが、本艇出発に際して、十数機の哨戒機にすれちがいましたが、その翌日のうちに、本艇出発のニュースは全世界に拡がりました。今や本艇は全世界の注視の的《まと》となっています。報道の源は、どうもユダヤ系のものと思われる節があります。その証拠として二三の新聞電報を読み上げてみましょう」
といって、イレネは三つばかりの新聞電報を朗読した。
「次に、全世界において、本艇の行動につき、盛んなる論調が流れています。本艇の任務を壮《そう》なりとするものが十五パアセント、冷笑ないし否なりとするものが八十五パアセントです。後者について、その論旨を要約すれば、“リーマンとその後援者は気が変になったのだ。彼らは自ら宇宙塵《うちゅうじん》となるために出発したのだ”“あたら貴重なる資材と人材とを溝川《どぶがわ》の中に捨てるようなこ
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