ネは、僕の方をちらと見たが、すぐ視線を正面へかえして、
「……恰も木の葉が流れの渦巻の方へだんだん吸いよせられていくように、本艇は或る方向へ引込まれていくのです。その方向には何があるかと申しますと、みなさんもかねてご承知と思いますが、宇宙の墓地といわれる場所、つまり地球と月の引力の平衡点《へいこうてん》です」
「えっ、本艇は宇宙墓地の方へぐいぐい引張られていくのか。これは事重大だぞ」
近来寡黙の士となっていたベラン氏が、めずらしく声をたてた。彼の顔にも血の気がなかった。
「艇長はこの難関を突破するため、あらゆる適当なる処置を講ずる用意を完了されました。ですから、これから何事が起りましょうとも、おさわぎにならないように、また根拠のないデマをおとばしにならないようにお願いします」
イレネは、そういい終ると、例の如く全く無口となって廻《まわ》れ右をし、部屋を出ていこうとするので、僕は立ち上って、戸口に立ちはだかった。僕と一緒に、ベラン氏も同じことをやったのには愕《おどろ》いた。
「宣伝長。ちょっと待って貰いましょう」
「そうだ。用があるのだ」とベラン氏は僕を押しのけて前に出ると、「僕は宇宙の墓地に行きつく前に、本艇から下ろしてもらいます。これ以上、不信きわまる艇長と運命を共にすることは御免《ごめん》蒙《こうむ》りたい」
「まあ、ベラン氏」
イレネが何かいおうとしたが、その前にベラン夫人ミミが飛び出してきて、ベランの身体をうしろへ押し戻した。
「愛するミミ。おれはもう我慢ならないのだよ。このまえお前と協定したことはちゃんと憶《おぼ》えているが、今日のことは、あの協定の範囲外の出来事だ。おれは、やっぱり艇から下ろしてもらうのだ。おいイレネ女史。そういって艇長に伝えてもらおう」
ミミは、黙っている。イレネが何かいわねばならぬ番になった。
「艇長に伝えて置きましょう。しかしその決心を後で飜すようなことはないでしょうね」
「とんでもない。一刻も早く下ろして貰いましょう」
イレネは、僕の方へ目を向けた。
「岸さんは、何を求められるのですか。貴方も本艇を下りたいと仰有《おっしゃ》るのではないでしょうね」
「ベラン氏の申出は僕の常識を超越《ちょうえつ》している。とにかくベラン氏と僕とは関係がない」と僕は愕《おどろ》きの程をちょっと洩《も》らして「僕の申出は、今発表のあったそうい
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