う重大事情をもっとはっきり僕らに理解させてもらいたいということだ。いちいち貴女を通してでなく、刻々僕らの感覚によって、その事情を知りたいのだ。展望のきくところへ僕たちを案内してほしい。僕は、事実をこの眼によっても見たいのだ」
「賛成ですわ」
 ミミが賛意を表《ひょう》した。
 イレネは唇をちょっと曲げて、自尊心を傷つけられたような顔をしたが、
「そのことも艇長に伝えて置きましょう。しかし貴方がたは、艇外が真暗で、なんにも見えないということを御存知なんでしょうね」
 僕は、はっと思ったが、こうなったら引込むわけにもいかないので、
「真暗でも、外が見たいのだ。僕の祖国にはいつも暗黒の夜空を仰いでは、詩作に耽《ふけ》っていた文学者があった。僕がその人でないまでも生き、こんなに遥々来た宇宙を、まだ一度も展望してないなんて、おかしなことだ」
「何がおかしいと仰有るの」
「こんな静かな密閉された中に生活していたのでは、宇宙を飛んでいるのか、それとも地下の一室で暮しているのか、はっきりしない。せめて展望台に立って、大きな月でも見たら、宇宙を飛んでいるのだと分るだろう」
「艇長は艇内に出来るだけ狂気の類をつくりたくないというので、出発以来、一般の展望を禁止しているのですわ。地球上の奇観《きかん》とちがって、宇宙の風景はあまりに悽愴《せいそう》で、見つけない者が見ると、一目見ただけで発狂する虞《おそ》れがあるのですわ。ですから、ここでよくお考えになって、さっきの申出を撤回せられてもあたしは構いませんわ」
「いや、展望をぜひ申入れます。発狂などするものですか。自分で責任をとります」
「あたくしも」
 ミミもやっぱり同じ考えであることを明らかにした。これに刺戟《しげき》されたのか、記者倶楽部の部員六名中、ベラン氏の外はみんな艇外展望を希望した。ベラン氏は非常に不機嫌で、部屋の隅に頭を抱《かか》え込んで、誰が声をかけても返事一つしなかった。あわれにも、氏は神経衰弱症になったのであろう。
 ところがベラン夫人ミミは、それをいたわるでもなく、平気な顔をしている。夫人も記者だそうで、仕事の上ではベラン氏とは別な一つの立場を持っているせいであるかもしれない。それにしても、僕には解せない奇妙な夫婦だ。


   展望室


 申入れが通じて、僕たちは本艇の頂部の一部に設けられたる展望室に出入すること
前へ 次へ
全39ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング