いだろう。だから、ぜひとも人工重力装置が入用なわけだ」
魚戸は、新知識を僕に植えつけてくれた。聞けば聞くほど、本艇には面倒な仕掛が要《い》るのに一驚《いっきょう》した。それと共に、僕はこれまでにはそれほど深い興味を持っていなかった本艇の科学に対し新なる情熱が湧いてくるのを感じた。
このつぎリーマン博士に会見のときは、そういう問題について質問の矢を放ってみたいと思ったことである。
宇宙の墓地
地球の上のことを引合いに出していうなら、ちょうど冬になってビルディングの中にスチームが通りだすのと同じように、本艇の中には人工重力の場が掛けられ始めた。
魚戸の話によると、まだほんの僅かの人工重力しか掛っていないそうだが、それでもその効果は大したもので、滑ってころんだり卓上のものが動きだしたり、栓をするのを忘れたインキ壺《つぼ》からとびだした雲状のインキが出会い頭《がしら》に顔をインキだらけにするようなことは全くなくなった。大した力である。地球の上では、これまでに誰も重力の恩なんて考えた者はあるまいが、僕は今になって重力の恩に気がついた。
或る日、僕たちが倶楽部で朝食を摂《と》りつつあったとき、遽《あわ》ただしくイレネが入ってきた。
「みなさん、お食事中ですが、至急おしらせして置かなければならないことがありますので、お邪魔《じゃま》に伺いました」
と、イレネはいつになく慇懃《いんぎん》に挨拶をした。
至急おしらせのこととは、何であろうか。僕たちはフォークとナイフを下に置いた。しかしイレネは、みなさんそのまま食事をお続け下さいともいわず、用件のことを話した。
「お気付の方もあることと思いますが、昨夜から本艇はすこし取込んでいます。艇員たちが忙しく通路を走ったり、物を搬《はこ》んでいるのをごらんになった方もあろうと思います。事の起りは、本艇の針路が一昨日あたりからだんだんと自由を失ってきたことにあります」
イレネは、言葉を切って、唇をふるわせ、
「つまり本艇は、好まざる力によって、或る方向へ引かれつつあります。恰《あたか》も流れる木の葉が渦巻の近くへきて、だんだんとその方へ吸いよせられていくように……」
「宣伝長。事実を率直にぶちまけてもらいましょう。その方がいい」
僕はイレネが事件の本態にふれるまで温和《おとな》しく待っていることはできなかった。イレ
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