「いま、手をはなすところだ」
 ポコちゃんの声はすこしふるえている。
 カモシカ号の電燈が外を照らしているので、その光りのあたるところだけは、はっきり見える。
「千ちゃん、いよいよぼくは手をはなすよ。もし、ぼくのからだが、ついらくをはじめたら、すぐ助けてくれよね」
 日ごろのポコちゃんに似あわず、心ぼそいことをいう。さすがのポコちゃんも、自分の冒険がすぎたことを、いま後悔《こうかい》しているらしい。
「早くやれよ」
 千ちゃんは、艇内から、えんりょなくさいそく[#「さいそく」に傍点]をする。
「では、はなすよ」
 ポコちゃんは、もうあきらめて、手をはなした。と、かれのからだは、カモシカ号の胴の上をつるつるとすべって、うしろの方へ……。
 それから翼《よく》と翼とのあいだをするりとすりぬけたと思ったとたんに、かれのからだは艇をはなれた。と、かれのからだは平均をうしなって、くるくると風車のようにまわり出した。
「うわっ、わわわわっ!」
 でんぐりかえること何十回か何百回か、わからない。目がくるくるまわる。頭のしんが、つうんと痛くなる。はき気がする。
 そんな大苦しみのすえに、ようやくか
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