ゃないか」
「いや、しかし、それは、りくつがわかっているだけのことだ。じっさいぼくたちが、その重力平衡圏へ出てみたら、いったいどうなるんだろうねえ」
「さあ、それは……それはぼくたちのからだは、ふわりとちゅう[#「ちゅう」に傍点]に浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、からだは鳥のように軽く感ずるのだと思うよ」
「へえっ、ふわりとちゅう[#「ちゅう」に傍点]に浮いたままで、下に落ちもせず、横に流されもせず、鳥のように身が軽くなるんだって。それはゆかいだな。千ちゃん、ちょっと、それをやってみようじゃないか」
「やってみるって、どうするの」
「だからさ、つまりこのカモシカ号から外へ出て、ちゅうに浮いてみたいのさ。ちゅうに浮いた感じは、どんなだろうね。ぼくは前から、そういうことをしてみたかったのさ。天国にいるつばさのはえた天使ね、あの天使なんか、いつもそうして暮しているんだから、ぼくはうらやましくてしかたがなかったんだ。ねえ千ちゃん、ちょっと外へ出てみようじゃないか」
ポコちゃんは、ちゅうに浮いてみたくてたまらないらしい。しきりに千ちゃんにすすめる。
「いや、ぼくは出ないよ」
「ぼくは一度出てみる。では、ちょっとしっけい――」
「あっ、待った。ドアをあけて外へとび出してどうするのさ」
「どうするって、今いったじゃないか。ちょっと、ちゅうに浮いてみる……」
「だめ、だめ、そのままでは……。だいいち、外には空気はすこしもないぜ、そのままとび出せば、とたんに呼吸ができないから死んでしまうよ」
「あっ、そうだったね」
「それから、外は寒いし、気圧はゼロなんだから、そのままでは、からだは大きくふくれて、しかもこおってしまうよ。つまり全身《ぜんしん》しもやけ[#「しもやけ」に傍点]になった氷人間になっちまうよ。もちろん、たちまち君は死んじまう」
「おどかしちゃ、いやだよ」
「だって、ほんとうなんだもの。だから外へ出るなら空気服を着て出ることだ。空気服を着ていれば、中に空気があるから呼吸はできるし、服は金属製のよろいのように強いから、圧力にも耐《た》えるし、また服の内がわは電熱であたためるようになっているから、からだが氷になる心配もない」
「ああ、それだ、空気服を着ることだ。そのことを早くいってくれればいいんだ。それをいわずに、ぼくをおどかすから、千ちゃんは、ひとがわるいよ」
そこでポコちゃんは、千ちゃんに手つだってもらって、空気服を着、頭には大きな球型《きゅうけい》の空気帽をかぶり、すっかり身じたくをしてから、とうとう艇の外に出た。
艇から外へ出る出入口は、このカモシカ号の胴《どう》のまん中あたり、それは小さい気密室が三つ、つづいていて、三つのドアがあった。いちいち、その小さい室へはいってはドアをしめ、だんだん外へ出ていくのであった。こうしないと、ドアをあけたとたんに、艇内の空気は、いっぺんに外へすいだされ、艇内は空気がなくなってしまう。それでは中にいる者は死んでしまうのだ。
大事件
ポコちゃんは、艇の外へ出たものの、しばらくは艇につかまって、手をはなそうとはしなかった。ここは重力平衡圏だとはいうものの、手をはなしたが最後、自分のからだは、すうっと下へ落ちていくのではないかと、やっぱり心配だったからである。
「おい、ポコちゃん、なにを考えているんだ」
艇内からは、千ちゃんが無線電話でポコちゃんに話しかけた。無線電話器は、空気服のせなかに取りつけてあり、送話器と受話器の線は、服の内がわを通って、ポコちゃんの口と耳のところへいっている。
「いま、手をはなすところだ」
ポコちゃんの声はすこしふるえている。
カモシカ号の電燈が外を照らしているので、その光りのあたるところだけは、はっきり見える。
「千ちゃん、いよいよぼくは手をはなすよ。もし、ぼくのからだが、ついらくをはじめたら、すぐ助けてくれよね」
日ごろのポコちゃんに似あわず、心ぼそいことをいう。さすがのポコちゃんも、自分の冒険がすぎたことを、いま後悔《こうかい》しているらしい。
「早くやれよ」
千ちゃんは、艇内から、えんりょなくさいそく[#「さいそく」に傍点]をする。
「では、はなすよ」
ポコちゃんは、もうあきらめて、手をはなした。と、かれのからだは、カモシカ号の胴の上をつるつるとすべって、うしろの方へ……。
それから翼《よく》と翼とのあいだをするりとすりぬけたと思ったとたんに、かれのからだは艇をはなれた。と、かれのからだは平均をうしなって、くるくると風車のようにまわり出した。
「うわっ、わわわわっ!」
でんぐりかえること何十回か何百回か、わからない。目がくるくるまわる。頭のしんが、つうんと痛くなる。はき気がする。
そんな大苦しみのすえに、ようやくか
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