らだの回転がゆるくなって、、ポコちゃんは人ごこちにもどった。――その時、自分のからだが、まぶしく照らされているのに気がついた。千ちゃんがカモシカ号から探照燈《たんしょうとう》をあびせかけていてくれるのだった。
 そのうちに、ポコちゃんのからだは、しずかにとまった。急にからだが軽くなった。やれありがたいと、ポコちゃんはうれしくなって、あたりを見まわした。
「ほ、ほんとうだ。ぼくのからだは、ちゅうに浮いている!」
 自分のからだをぐるっと見まわしたが、手足も胴も頭も、何にもふれていない。たしかに、空間に浮いているのだった。
 ポコちゃんは、そこで、からだをちじめたり、手足をのばしたり、いろいろやってみた。どんなことをしても、からだはじっと、ちゅうに浮いている。これで肩につばさがはえていたら天使そっくりである。ポコちゃんは、いい気になり、すきなことをくりかえして、はねまわる。
 カモシカ号は、ポコちゃんから千メートルばかりはなれたところを、ポコちゃんを中心として、ぐるぐると円をかいて、とびまわっていた。なにしろカモシカ号の最低速度は、このへんでも時速五十キロメートルで、かなり早い。
「ポコちゃん、すぐ艇へもどれ」
 とつぜん艇から無線電話が発せられた。
「どうしたの、すぐ艇へもどれなんて……」
「たいへんなんだ。むこうから、かなり大きなすい星が、こっちへ近づいて来る。早くこのへんから逃げださないと、すい星に衝突してしまうのだ。ポコちゃん、早く艇へ乗りうつれ」
「それは一大事だ」
 なるほど、らんらんと怪光《かいこう》をはなった大きな酒だる[#「だる」に傍点]ほどのものが、ぐんぐん近づいて来る。これを見てはのんき者のポコちゃんもあわてないではいられない。
 艇の中では千ちゃんも顔色をかえている。そして艇を操縦して、ポコちゃんの横手に持っていく。しかし艇は時速五十キロだから、ポコちゃんの前を猛烈《もうれつ》ないきおいでしゅっと通りすぎる。これではポコちゃんは艇の出入口につかまることができない。
 それだといって、ぐずぐずしていると、すい星にはねとばされてしまう。すい星はいよいよ近づいたと見え、小山ぐらいの大きさになった。
「おい千ちゃん。乗れやしないよ。こまったね」
「こまったね。よし、艇から長い綱《つな》をくりだすから、それにつかまるんだ」
 千ちゃんは頭のいいところを見せて、出入口から綱をくりだした。それが長い尾を引いてポコちゃんの前を走る。ポコちゃんは死にものぐるいで、この綱にとびついた。とびついたはいいが、とたんにポコちゃんは全身の骨がばらばらになるほどの強い反動を感じ、目が見えなくなった。でも網は手からはなさなかった。
 千ちゃんの方は一所けんめい、この綱を機械でまきとって、ポコちゃんのからだを艇内に、ひっぱりこんだ。
 三つの気密室を、息もたえだえに通りすぎて、二少年がもとの艇内へはいったときには、二人ともすっかり力を使いきって、その場にへたばったまま、起きあがれなかった。
 と、そのおりしも、ものすごい音が艇の後部に起った。百雷《ひゃくらい》が落ちたようなすごい音だ。とたんに電燈が消えた。めりめりと艇をひきさく音がする。
「やられたっ。すい星と衝突だ」
「千ちゃん、艇はこわれたらしいね」
 二少年を積んだまま、まっくらになったカモシカ号は、どこへともなく落ちていく。


   人の顔か花か


 二少年は、死にものぐるいの力をふるって、起きあがった。
「千ちゃん、千ちゃん」
「おい、ぼくは、だいじょうぶだ」
「ぼくもだいじょうぶ。早く操縦席へいってみよう」
 二人は手さぐりで艇内をはいはじめた。艇内の電燈は消えて、くらやみだが、ただ夜光塗料をぬってある計器の面や、通路の目じるしだけが、けい光色に、ぼうっと弱い光りを放っている。
「ああ、これはへんだね。呼吸が苦しくなった」
「ぼくもだ。ポコちゃん、艇がこわれて大穴があいたんだよ。そこから空気がどんどん外へもれていくんだ。弱ったね。呼吸ができなければ死んでしまう」
「じゃあ、ぼくは空気帽をぬぐんじゃなかった。ぬいだと思ったら、さっきのドカーンだ。だからどこへ空気帽がいったかわからない」
「しゃくだねえ。ここまで来ながら、呼吸ができなくて死ぬなんて……」
「ぼくがわるかった。重力平衡圏で、よけいなことをして遊んで、てまどったのがいけなかった。千ちゃん、ごめんね」
「そんなことは、あやまらなくてもいいよ。しかし月世界探険のとちゅうで死ぬなんて、ざんねんだ」
「もういいよ。死ぬ方のことは神さま仏さまへおまかせしておこう。それでぼくたちは、それまでのあいだに、できるだけ修理をやってみようじゃないか」
「だめだろう。あと五分生きているか、十分生きているか、もう長いことはないよ。あっ、く
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