時半かい」
「ちがうよ。午前十時三十分だよ」
「へんだね、それは……だって、外はまっくらで、星がきらきらかがやいているぜ。ま夜中の景色だよ、これは……」
「おい、しっかりしてくれ、ポコ君、いつまでねぼけているんだよ」
「ねぼけているって、このぼくがかい。ぼくがどうしてねぼけるもんか。千ちゃんこそねぼけているぞ。ぼくはねぼけてなぞいないから、たとえば、この高度計でもさ、はっきり読めるんだ。……おやおやおや」
 ポコちゃんは目をこすったり高度計のガラスぶたをなでたり。
「へえ、ほんとうかなあ、高度二万五千メートルだって……。すると成層圏のまん中あたりの高度だ……。そのあたりなら、大気がうすくて、水蒸気もないし、ごみもないから、太陽の光線が乱反射《らんはんしゃ》しない。それで昼間でも成層圏の中は暗い。ことに高度二万三千メートル以上となれば空は黒灰色《こくかいしょく》にみえるのである……と、“宇宙地理学”の教科書に書いてあったが、ははん、なるほどだ……」
 ねぼけていたとはいえ、もう夜中だ、などとばかなことをいったものだ。千ちゃんはそれに気がついたかなあ――と、ポコちゃんは、タヌキのやぶにらみという、みょうな目つきをして、となりの席の千ちゃんの方をうかがった。すると千ちゃんはまっすぐ顔をポコちゃんの方へ向けてにやにや笑っていた。
「あははは」
「わっはっはっはっ」
 二人は笑いあった。それぞれちがった笑いの原因によって笑った。
 カモシカ号の速度はかねて計算しておいたとおり、しだいにはやくなっていった。
 地上からいきなり早い速度で飛びだすことはきけんである。のっている人間は気がとおくなったり、ひどければ死ぬであろう。
 しかし地上を出るときは、わりあいゆっくりした速度でとびだし、それからだんだん速度をたかめていくと、のっている人間にはきけんをおよぼさないで、かなりたかい速度にすることができる。つまり人間のからだにこたえるのは、速度そのものではなく、速度のかわりかた――つまり加速度が、あるあたい[#「あたい」に傍点]以上になると、きけんをおこすのである。
 着陸のときにも同じことであるが、着陸の場合は、速度のへりかたが問題になる。
 なにしろカモシカ号としては、二カ月間に地球と月の間を往復し、そして月の世界を見物する日数も、この中にみこんでおかねばならないので、たいへん日がきゅうくつだ。したがって、地球と月の距離四千二百万キロメートルの往復を二十日ぐらいでやってしまいたい。そのためには、宇宙艇カモシカ号は、すくなくとも時速二十四五万キロメートルの、最大速度《トップ・スピード》をださねばならない。
 ガソリンのエンジンや、火薬利用のロケットを使ったのでは、今まではとてもこんなすごい速度はだせないが、原子力エンジンの完成された今日では、これだけの最大速度をだすことはよういである。人間が原子力を利用することができるようになったおかげで、それまでは、全く不可能とされていた、北氷洋とインド洋をつなぐ、大運河工事もできるようになり、また、土佐沖海底都《とさおきかいていと》のような大土木工事が成功し、それから地球外の宇宙旅行さえどんどんやれるようになったのだ。すばらしい原子力時代ではないか。じっさい二少年は、らくな気もちで、こうして宇宙を飛んでいるのだ。
 地上からはかった高度五万五千メートルあたりが、成層圏のおわりである。
 そこを通りこすと、大気はいよいようすくなって、地上の大気の四千分の一ぐらいとなる。もちろん艇の中では、たえず酸素をだす一方、空気をきれいにし、炭酸ガスをとっている。艇は気密室で、空気が外にもれないようにつくってあるが、このあたりまでくると、外の大気圧《たいきあつ》が低いからどこからともなく艇内の空気が外へぬけだす。だから艇中で酸素などをたえずおぎなってやらなければならない。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、どえらい音をたてて、艇がゆれた。
 音がしたのは、操縦席よりずっと後方にあたる艇の胴中へんと思われる。
「何だろう、千ちゃん」
 ポコちゃんは、小さい目をせいいっぱいひろげて、千ちゃんの腕をつかんだ。
「さあ、何だろう」
 千ちゃんにも、けんとうがつかない。
 が、音もしんどうもそのままおさまったし、計器盤を見わたしても、べつに異常はなさそうである。
 ガンガンガーン。
 ガガーン、ガガガガン。
 とつぜん、またもやひどい音がして、艇がきみわるくふるえた。
「あっ、また起った」
「へんだね、どうも」
「気もちがわるいね。きっとこのカモシカ号は空中分解するんだよ。ちと早すぎらあ」
「……」
 千ちゃんはポコちゃんにはこたえず、顔を前へつきだして、ガラス窓ごしに外をすかして見ていたが、このとき、さっと
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