顔をかたくすると、
「ポコちゃん、あれを見ろ。外を見るんだ」
 とさけんで右手で外を指さしたが、その手をただちにパネルへもどして、操縦席にあかあかとついていた電燈を消した。
 たちまち二人のまわりはまっくら。
 千ちゃんはなぜ電燈を消したのだろうと思いながら、ポコちゃんは艇外へ目をやった。
 外は墨《すみ》をぼかしたようなまっくらな空。銀河が美しい。
 と、とつぜん、上の方からすぐ目の前におりてきた大きな赤い火の玉!
 みるみるうちにその火の玉は、まぶしいばかりにもえあがって下界の方へ。
 ガガガンの音はそのとき起った。
「何だろうね、今のは……」
 ポコちゃんは、青くなってさけんだ。
「いん石がもえながら飛んでいるんだ」
 くらやみの中に千ちゃんのこえがひびいた。


   危機脱出


「へえっ、あれが、いん石かい。すごいなあ」
 あまりものにおどろいたことのないポコちゃん川上少年も、艇外をひゅうひゅうととびかう鬼火のような、いん石群には、すっかりきもっ玉をうばわれた形であった。
 そのとき操縦当番の千ちゃん山ノ井少年は、ポコちゃんに答えようともせず、前のテレビジョンの映写幕面をにらみながら、汗をながして操縦かんをあやつっている。
「しかし、きれいなもんだなあ。両国《りょうごく》の川開《かわびらき》で大花火を見るよりはもっとすごいや。あっ、また一発、どすんとぶつかったな。いたい!」
 ポコちゃんは金属わくにいやというほど頭をぶっつけた。それっきり、かれはおしゃべりをやめた。それはしゃべっているさいちゅうにどすんときて、じぶんの舌をかみそうで、心配になったからだ。
 艇内はしばらくしずまりかえっていた。ただ聞えるのは、艇の後部ではたらいている原子力エンジンの爆発音の、にぶいひびきだけだった。
 そういう状態が十五分ほどつづいたあとで、山ノ井はスイッチを自動操縦の方へ切りかえて、操縦かんから手をはなした。そしてほっと大きな息をついて、となりの川上の方へ顔を向けた。
「ポコちゃん。ようやく流星群《りゅうせいぐん》を通りぬけたらしい。もう、だいじょうぶだろう」
「だいじょうぶかい。いん石があんな大きな火のかたまりだとは思わなかった。こわかったねえ」
「まったくこわかった。下界から空を見上げたところでは、流星なんか大したものに見えないけれど、今みたいにすぐそばを通られると、急行列車が五六本、一度にこちらへとんでくるような気がして、ひやっとしたよ」
 そういっている山ノ井のひたいから、汗のつぶがぼたぼたと流れおちた。
 原子力エンジンは、この宇宙艇で地球から月の世界をらくにおうふくさせてくれる。それがわかっていたから、二少年はカモシカ号に乗って地上をとびだしたわけである。しかしそれはかるはずみであったと、今になって気がついた。やはり本職の宇宙旅行案内人をやとっていっしょにこのカモシカ号に乗組んでもらうのがよかった。二少年のたのみの綱《つな》は、ある雑誌の増刊《ぞうかん》で、「月世界探検案内特別号」という本が一冊あるきりだった。
 その本によると――地上からの高度六十キロメートルから百三十キロメートルの間の空間において、いん石は空気とすれあって火をだしてとぶ、これすなわち流星である――と、かんたんに書いてあるだけだった。その流星の中には宇宙艇に命中して艇をこなごなにするような大きなものがあることや、それがとんで来たときにどうして艇を安全にすることができるか、などということはちっとも書いてなかった。
 だからここまで来たのはいいが、二少年はたいへん心ぼそくなってしまった。山ノ井の方はとくに心配をはじめた。
「やあ、あれは何だろう。大きな山が光ってみえるぜ、おい千ちゃん、あれを見な」
 川上が急に大きな声をだして、横の、のぞき窓に顔をおしつけて、わめきたてる。
 山ノ井は、はっとした。大きな山が光ってみえる。もしそれが大いん石であって、それに正面からぶつかられると、もうおしまいだ。かれは席からのびあがって、川上がのぞいているとなりに顔をおしつけて、外のようすをうかがった。
 うるしを流したようにまっ黒い大空。きらきらとダイヤモンドのように無数の星がきらめいている。ことに大銀河のうつくしさは、目もさめるようだ。その銀河が橋をかけているしたに、川上がさわぎたてる大きな光りの山があった。それは五色の光りのアルプスとでもいいたい。空中の博覧会の大イルミネーションだ。目をすえて見るとその五色の山脈はすこしずつ動いている。
「ああ、きれいだなあ」
 山ノ井は思わず嘆声《たんせい》をはなった。
「千ちゃん。きれいだなどと、見とれていていいのかい。あれは何だい。原子力のたつまきじゃあないのかい」
 原子力のたつまきなんて、そんなものがあるかどうか知らないが
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