きがすこしちがっているような気がするぞ。しかし先生と顔がおなじ人が二人あるとは思われない。なんだかこれはわからなくなったぞ)
 そう思っているところへ、頭の上から、
「こうら、ジャンにケンにポンよ。わしの声がわからないか。お前たちの前にいるのは、にせ者のわしだぞ。言うことを聞いてはいけない」
「えっ、それでは――」
 と、三人の黒人は目をくるくるさせて天井を見あげたり、室内の怪塔王の顔をながめたり。
「わしがここにいて、命令をしているのに、お前たちはなにをさわいでいるのか」
 と、室内の怪塔王は不機嫌です。

     6

 顔の怪塔王と声の怪塔王!
 塔の中に怪塔王が二人出来てしまいました。黒人はおおよわりです。なぜって、顔の怪塔王が横須賀へ飛べというのに、声の怪塔王は横須賀へ飛んではならないと命令するのです。一体どっちにしたがったものでしょうか。
 もし帆村探偵がそこに居合《いあ》わせたなら、どっちが本当の怪塔王かを言いあてたことでしょう。その帆村探偵はこの塔の中にいるはずですが、まだ姿をみせません。一彦少年も、どこになにをしていることやら。
「なにをぐずぐずしている。塔をはやく横須賀へ――」
「いや、横須賀へ飛ばせることはならんぞ」
 顔と声との両怪塔王のけんかです。
 このとき怪塔の外では、塩田大尉指揮の編隊機がいく度《たび》となく翼をひるがえして、猛襲してまいります。そして機銃は怪塔の窓をめがけて、どどどど、たんたんたんとはげしく銃火をあびせていきます。このものすごい勢《いきおい》は、黒人たちをおそれおののかせるに十分でした。
 三人の黒人は、ふるえながら、お互《たがい》に目くばせしていましたが、やがてなにかうちあわせができたものと見え、一せいに円筒の中に姿をかくし、蓋をとじてしまいました。
 すると、まもなくごうごうと機関がまわりはじめました。塔はがたがたとゆれます。配電盤のうえのたくさんのメーターは、一時に針をうごかしました。
 がんがんがん、ごうごうごう。
「横須賀へ飛ぶんだぞ」
「だめだ。太平洋の方へ飛べ」
 両怪塔王は、互にどなりあっていますが、その声はむなしく塔内にひびくだけです。怪塔は、どんとはげしいゆれかたをしたと思うと、矢よりもはやく、しゅうしゅうと白いガスをはきながら、空にむけて飛びだしました。あっあぶない。爆弾の傘が行手をさまたげているのに――


   大爆発



     1

 怪塔は、ついに勿来関の投錨地《とうびょうち》からぬけだし、大空むけてとびだしました。ここにふたたび怪塔ロケットとなって、飛行をすることになりましたが、怪塔の上には、わが爆撃隊が落していった爆弾が、傘のようなかっこうをして、塔の行手をじゃましていました。そこへ、塔がさっととびこんでいったものですから、さあたいへん。
 どどん、がらがらがら、がんがん。
 はげしい爆発です。あたりは、まっくろなけむりでおおわれ、まるで夕立雲がひとかたまりになって下りてきたようなありさまです。
 ぴかぴかぴか、ぴかぴかぴか。
 爆発の火か、それとも電《いなずま》か、いずれともわかりませんが、目もくらむような光がきらめき、そのものすごいことといったらありません。
 塩田大尉の指揮する十数機の飛行隊は、そのまわりをとびながら、このものすごいありさまをあれよあれよとみまもっています。さすがの怪塔も、そこで粉みじんにこわれてしまったのでしょうか。
 いやいや、そうではありませんでした。
 そのとき、夕立雲のかたまりのような黒煙の上部をつきやぶり、さっと天に向けてとびだした砲弾の化物のような巨体!
「ああ、怪塔ロケットが、あんなところからとびだした」
「うむ、怪塔ロケットだ。逃すな。それ、全速力で追撃!」
 塩田大尉は全機に一大命令を発しました。
 ああら不思議、怪塔ロケットは、傘のようにかたまっていたたくさんの爆弾の炸《さ》けとぶ中をすりぬけて、天空へまいあがったのです。みれば、怪塔ロケットには、どこにもこわれたところがありません。それもそのはず、怪塔ロケットは、前もって磁力砲をいっぱいにかけてとびだしたので、鉄でできている爆弾の破片なんかみんなふきとばされてしまったのです。

     2

 怪塔ロケットは爆弾の破片をふきとばし、ものすごい姿を夕焼雲のうえにあらわしました。お尻のところからは、しゅうしゅうとガスをはなっていますが、それが夕日に映《は》えて、あるときは白く、あるときは赤く、またあるときは黄いろになり、怪塔ロケットを一そうぶきみなものにしてみせました。
 塩田大尉は、偵察機隊をひきいて雲間をぬいつくぐりつ、怪塔ロケットのあとをおいかけました。
 小浜兵曹長は、大尉のかたわらにすりよって戦《たたかい》をはじめるのに都合のよいときをねらっています。
「おい小浜、わが機はもう全速力をだしているのだろうな」
「はい、塩田大尉、速力はもういっぱいだしております」
「そうか。はやく追いつかないと、夜になってしまう。すると、さがすのに面倒だ」
「は、こんどは何としても追いついて、体当りで撃墜したいものだと、私は考えております」
「うむ、俺も同感だ。俺はこっちの機体を怪塔ロケットの尾翼にぶっつけて、舵《かじ》をこわしてやろうと考えている。舵をうしなえば、いくら怪塔ロケットだって飛ぼうと思っても飛べないではないか」
「なるほど、それは名案ですな。よろしい、私はうんとがんばりますよ」
 塩田大尉はさすがに隊長だけあって、すぐれた考《かんがえ》をもっていました。しかし、相手の舵を体あたりでこわすのだと一口にいっても、じっさいこれをやるのはなかなかたいへんなことです。うまくいくでしょうか。
 怪塔ロケットは、急に頭を上にむけてぐんぐんと天にのぼっていきました。そうかと思うと、また急に舵をまげて南の方に走りだしました。するとまたこんどは急に上むいて、お尻をきりきりふりながら天にのぼっていきます。どこへとんでいくのか、一向《いっこう》にわかりません。まるでよっぱらいの足どりのようでありました。

     3

 怪塔が、よっぱらいの足どりのように、あっちへとび、こっちへとびしているのも、むりはないことでありました。なぜといって怪塔のなかでは、運転手の黒人が二人の怪塔王のめいめいにさけぶ、まるで反対の命令におびやかされて、あるときは天へ、またあるときは水平にと、めちゃくちゃにとびまわっているのでありました。
 そのうちにも怪塔はいつしか、太平洋の上に出ていました。
 夕焼の残りのひかりが、だんだんうすくなってきて、いまやあたりはとっぷり暮れようとしています。
 塩田大尉は、死力をつくして、空中の怪塔ロケットをおいました。怪塔ロケットがまごまごしているおかげで、塩田大尉機は、ようやくそのそばにちかづくことができました。
「もうすこしだ、がんばれ」
 塩田大尉は操縦員をしきりにはげましています。
「舵機《だき》をねらえ。こっちの車輪で、あの舵機を蹴《け》ちらせ」
 大尉のあとにしたがう各偵察機は、これも大尉の気もちをさとって、われこそ体当りで怪塔ロケットの舵をこわそうと、一生けんめいにおいかけています。
 そのうちに、塩田大尉機が待ちに待っていた機会がやってまいりました。それは、怪塔ロケットが上むきになったままガスをとめたので、ロケットはその重さでだんだん上昇速力がおちてきたのです。おそらくロケットは、やがてくるりと一転して下向きになるとともに、さっと水平に走りだすことでしょう。まるでインメルマン逆旋回みたいなわけです。
 ロケットが上昇速力をおとし、宙にとまりかけたところを、塩田大尉は見のがさず、
「今だ! 垂直旋回! 敵の舵機を払《はら》え!」
 と、大胆きわまる号令をかけました。

     4

 塩田大尉は、さすがにえらい軍人でありましたから、たいへんいいときに体あたりの命令を出しました。大尉の乗った偵察機は、垂直旋回のまま、怪塔ロケットの尾翼をねらって、みごとに「どぅん」とぶつかりました。
「ううむ、どうだ」
 必死のかくごで、ぶっつかったのです。飛行機の車輪でもって、怪塔ロケットの尾翼を蹴ちらしたのです。はげしい音と共に相手の尾翼はもぎとられ、火花のようなものがぴかりとひかりました。偵察機もまるでつきとばされたように、空中でもんどりうち、塩田大尉はじめ乗っていた者は、みなくらくらと目まいをもよおしました。
 でも、気丈夫《きじょうぶ》な操縦員はがんばって、傾いていた機をもとのようになおしました。ぐずぐずしていれば墜落したかも知れませんのを、あやういところでひきとめました。
「よろこんでください、機体は大丈夫です」
 と操縦員はさけびました。
 ゴムの車輪は、おもいのほか丈夫で、相手の尾翼をけとばしてへいきでありました。
 そのころ塩田大尉や小浜兵曹長はやっと目まいがなおり、目をひらくことができるようになりました。
「怪塔は、どこへいった」
「あれあれ、見えないぞ」
 二人は席からのりだして、上をみたり、下をみたり、
「あ、あそこにいる!」
 小浜兵曹長がみつけました。
「おおいたか。どこだ」
「あれです。あそこの夕やけ雲をつきぬけて下へおちていくのが見えます」

 小浜兵曹長のゆびさすところをみると、なるほど、怪塔ロケットは、その半面を夕日にてらされ、雲のかげに尾をひきながらおちていきます。そして機体はぶるんぶるんとへんに首をふっているのでありました。

     5

 塩田大尉は、またもや全機に命令を出して怪塔ロケットのあとを追わせました。
 全機は、それこそ隼《はやぶさ》のように猛然と怪塔ロケットのあとを追いましたが、相手はぶるんぶるんと首をふりながら、遂に海中にどぼんとおちてしまいました。
「あっ、怪塔ロケットが海の中にもぐりこんだぞ」
「いや、墜落したのだ。早くあの真上までいって見よ」
 どこかに飛去るかとおもわれた怪塔ロケットが、いきおいもついにおとろえたか、そのまま太平洋の波間にしずんでしまったものですから、塩田大尉以下はめんくらったかたちです。
 偵察機は、海面すれすれのところまでおりて、怪塔ロケットが見えるかどうかとさがしました。しかし黒い海は、どこにロケットをのみこんでしまったか、けろりとしていました。
 しかたなく塩田大尉は、全機をすこし遠方にひきはなし、海面ひろく警戒をするように命令しました。それは怪塔ロケットが、いつ波間からとび出してくるかもしれない、と思ったからでありました。
 しかし怪塔ロケットは、ついにふたたび姿を見せませんでした。
 そして暮れかかっていた空は、どんどん暗くなっていって、とうとうまっくらな夜になってしまいました。
 こうなっては、怪塔をさがすことができません。塩田大尉はざんねんにおもいましたが、やむを得ずあとのことを、折から全速力であつまってきた駆逐艦隊にまかせ、ついにそこをひきあげることにしました。
 怪塔ロケットはどこへいったのでしょうか。そして今はどんなになっているのでしょうか。怪塔王や帆村探偵は、なにをしているのでしょうか。いろいろの謎をつつんで、怪塔をのんだ黒い海面は、しずかに眠をつづけています。


   炭やき老人



     1

 太平洋の波間に姿を消してしまった怪塔ロケットは、その後もすこしも姿を見せませんでした。駆逐艦隊は昼間も夜間も、ずっと海上の警戒をとかず、もしや怪塔ロケットが波間から顔を出した時は、大砲でどぅんと撃ってやろうとおもって、いつも待ちかまえていましたが、相手はどこにかくれているか何の音さたもありませぬ。
 ここで話は、勿来関のちかくの山の中にうつります。
 炭やきのお爺《じい》さんが山の中で、気をうしなっている少年を見つけました。
 そういう深い山の中に、少年がやって来たのも不思議なら、また少年の服装や足を見ても、旅をしたらしいところが見えないのは不思議でありました。
 たすけおこして見ますと、少年は右足に怪我《けが》をしていました。
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