、ことごとく不発におわりました。一体どうしたというのでしょう。
塩田大尉は、偵察機を急降下させて、地上の様子をさぐろうと決心いたしました。
「急降下、高度百メートル附近! 南北の方向に怪塔を偵察」
そういう命令を出しますと、偵察機はただちに、獲物をめがけてとびおりる鷹《たか》のように地上めがけてまいおりていきました。
塩田大尉は、双眼鏡をとってしきりに、怪塔のあたりを見ています。
そのとき大尉は、小首をかしげ、
「ああっ、あれはなんだろう。おい、小浜あそこを見ろ」
「どこです。塔の上ですか」
二人の双眼鏡の底には、一体どんな不思議な光景がうつったでありましょうか。
6
低空におりた偵察機上にあって、塩田大尉と小浜兵曹長の見たものは、怪塔がへんな傘《かさ》をきていることでありました。
へんな傘とは、どんな形のものであったでしょうか。それは塔の頂上から五六メートル上に、不発の爆弾がたくさん同じ平面上にならんでいるのがちょうど傘をかぶったように見えるのです。
「これは不思議だ。上からおとした爆弾が、下におちないで、あのように宙ぶらりんになっている。一体どういうわけかしらん」
「塩田大尉、まるで魔術みたいですな。こいつはおどろいた」
と、小浜兵曹長もすっかり面くらっております。
塩田大尉は腕をこまねいて考えこんでいましたがやがてうむと大きくうなずき、
「小浜、怪塔を機銃でうってみよう。偵察機全機でうちまくってみるんだ。命令を出せ」
大尉は機銃射撃を決心いたしました。
命令はすぐ発せられました。
塩田大尉ののっている司令機のうしろについていた五機の操縦士は、前門の機銃の引金をいつでも引けるように用意をして、あとの命令をまちました。
そのうちに、
「怪塔を射撃用意! 目標は三階の窓、塔のまわりをとびながら、射撃せよ。撃ちかたはじめ!」
命令が下るがはやいか、だんだんだんだんだん、どんどんどんどんと、さかんな射撃をあびせかけること一分あまり。
「撃ちかた、やめ!」
で、射撃はぴたりと、とまりました。
どうも不思議です。怪塔の窓にはたしかに板ガラスが入っているのでしょうに、すこしもこわれません。怪塔の外壁に弾丸《たま》があたれば、煙みたいなものが出るはずだが、それも見えませんでした。
さすがの塩田大尉もいらいらしながら、塔の方をじろじろながめています。すると、――
7
塩田大尉の命令で、六機の偵察機は怪塔のまわりをぐるぐるまわりながら、はげしく機関銃をうちはじめました。
もちろん、怪塔をねらって機関銃をうっているのですけれども、どうしたことか、弾丸はすこしも怪塔にあたりません。
「これは変だぞ」
と、怪塔王のあやしい力をしらないうち手は、小首をかしげました。
弾丸はどこへいったのでしょうか。
このとき誰か塔のちかくによって、よく見たといたしますと、弾丸は、塔の壁から一二メートル外側のなんにもない宙に、ごまをふったように、じつと停っているのが見えたことでしょう。
塩田大尉は、機上から双眼鏡の焦点をしきりにあわせていましたが、このように、弾丸の壁ができているのをみてとると、にっこりとわらいました。
「よし、これでよし」
「塩田大尉、なにがよいというのですか」
と、小浜兵曹長がたずねました。
「うむ、つまり怪塔のまわりを爆弾と弾丸とですっかり囲んでしまったのだ。ねえ、そうだろう。上からおとした爆弾は、塔の屋上から何メートルか上に傘をさしたようにならんでいて、それから下におちてはこないし、また今うった弾丸は、怪塔のまわりに弾丸の壁をつくってしまった。だから怪塔は爆弾と弾丸とに囲まれてしまったのだ。こうなれば、怪塔の上から檻《おり》をかぶせたようなものさ。怪塔がとびだそうと思っても、爆弾や弾丸が邪魔になって、とびだせない。どうだ、うまくいったろう」
塩田大尉は、たいへんうれしそうに見えました。
しかし皆さん、塩田大尉の考えはまちがっていないでしょうか。怪塔は、はたして檻の中の鷲《わし》のようになったでしょうか。なにしろ相手は鉄片をそばによせつけないという、不思議な力のある怪塔ですぞ。
怪塔王のさがしもの
1
怪塔王は、塔の三階の室内を、あっちへはしりこっちへかけだし、そして机のひきだしをあけたり、蒲団《ふとん》をまくったりして、しきりになにかを探していました。
「ないぞ、ないぞ。どこへいったのだろうか」
怪塔王が顔をあげたところをみますと、きょうはどうしたわけか、頭の上からすっぽりとくろい風呂敷《ふろしき》のようなものをかぶっています。つまり顔を、くろい風呂敷で包んでいるのです。怪しい怪塔王は、いよいよもって怪しいことになりました。
「ないぞ、ないぞ。一体どこへいった」
と、怪塔王は、きょろきょろあたりをふりかえってみました。
「やっぱりない。変だなあ」
怪塔のまわりは爆弾と銃丸とですっかり囲まれてしまっているのに、彼は一向《いっこう》そんなことには心配しないで、なにかしら「ないぞ、ないぞ」といってくろい風呂敷を頭からかぶってさわいでいるのでありました。なにかたいへんなことが起ったらしいのです。
そのとき、電話の呼びだしのベルが、けたたましくなりだしました。しかし怪塔王は、そんなことに、見向きもしません。
また、室内の配電盤の上には、赤い「注意」灯がしきりについたりきえたりして、怪塔王に或《ある》ことを「注意」しているのですが、これにも怪塔王はみむきもしません。一体怪塔王は、なにをそんなにあわてているのでしょうか。
その一階下は、つまり怪塔の二階で、ここは械械室でありました。いろいろなわけのわからない、こみいった機械がならんでいましたが、その中に、郵便箱ほどの大きさの円筒が三個、はなればなれにたっていました。これはなんであるか今までよくわかりませんでしたが、ちょうどこのさわぎのとき、円筒のふたがぱくんとあいて、そこから三人の黒人がぴょこりと顔を出しました。
2
今まで怪塔の中には、怪塔王一人が住んでいるばかりだとおもっていましたが、怪塔の二階にある郵便箱ほどの円筒が三つ、いずれもその蓋《ふた》があいて、なかからおもいもかけない黒人の顔がとびだしてきました.帆村探偵や一彦がこれを見たらどんなにおどろくことでしょうか。
円筒の中にはいっている黒人は、一体なに者でありましょうか。そしてその中で、なにをしていたのでありましょうか。
「おいジャン。先生はなにをしているのかなあ」
「うん、ケンよ。ベルがじゃんじゃん鳴って、危険をしらせているのにね」
と二人の黒人が、心配そうにいえば、もう一人のポンという黒人が、
「塔がこわれてしまってはしようがない。じゃあ、うごかしてみるか」
といいました。
するとジャンとケンはびっくりして、大きな眼玉をくるくるとうごかし、
「だめだよ、だめだよ。先生がちゃんとさしずをしなければ、塔はうまくうごいてくれないよ」
「そうだ、ジャンのいうとおりだ。それよりも先生がなにをしているのか、それを早くしる方法はあるまいか」
「それはない。おれたちは、この円筒のなかにはいったきりで、外へ出ようにも鎖《くさり》でつながれているから、出られやしないじゃないか」
こういう話を、さっきから階下へ通ずる階段の途中で、じっと聞いていた一人の人物がありました。
彼は、もういいころと思ったのか、そっと階段をのぼりきって、黒人の前へいきなり顔を出しました。
おどろいたのは黒人です。
「わっ、先生だ!」
三階にいるはずの怪塔王が、なぜ階下からあがってきたのでしょう。
3
ジャン・ケン・ポンの三人の黒人は、大あわてです。さっそく円筒のなかに首をひっこめ、蓋をがたがたしめようとしますが、あわてているので、なかなかうまくしまりません。
「おい、こら。ちょっと待て」
と、階下から来た怪塔王は言いました。
「へーい」
三人の黒人は、蓋を頭の上にのせたまま、また首を出しました。
そのとき黒人は、心のなかで、「おや!」と思いました。それは怪塔王が、へんな服を着ているからでありました。それはいやに長くすそをひいた、だぶだぶの外套《がいとう》みたいな服でありました。それは黒人たちが、はじめて見る服装でありました。
(先生は、へんな服を着ているぞ)
と、三人が三人ともそう思いました。
「こら、お前たち。あの警報ベルがなっているのが聞えるだろうな」
「は、はーい」
「あれはお前たちも知っているとおり、この塔の一部がこわれたのを知らせているのだ」
「はい、はい」
「このままでは危険だから、塔をはやくうごかさにゃあぶない」
「はあ、そのとおりです。私どももさっきからそれを申していましたので……」
「じゃあ、すぐうごかせ。よく気をつけてうごかすんだぞ」
「先生、どっちへ塔をうごかしますか」
「うん、それは――」
と怪塔王はちょっと考えて、
「そうだ、横須賀《よこすか》の軍港へ下りるように、この塔をとばしてくれ」
「へえ、横須賀軍港! それはあぶない」
黒人は、横須賀軍港と聞いて、顔色をかえました。
4
「横須賀の軍港とは、ワタクシおどろきます」
と、円筒のなかの黒人は、大きなためいきとともに、怪塔王にあわれみを乞《こ》うように言いました。
もう一人の黒人もふるえごえを出して、
「横須賀の軍港へこの塔をもっていくと、ワタクシたちまるでわざわざ虜《とりこ》になりにいくようなものです」
のこりの黒人は、ただひとり元気よく、
「いや、そんなことはない。横須賀軍港であろうが何であろうが、わが塔のほこりとする磁力砲でたたかえば、軍港なんかめちゃめちゃだ。ワタクシ、心配しない。オマエたちも心配することはない」
と胸をはって、さけびました。
「いや、なかなか心配ある。軍港には、大砲ばかりでない。日本水兵なかなかつよいよ。それが塔の中へはいってくる。磁力砲では人間をふせぎきれない」
「そのときは、殺人光線でもって水兵をやっつける」
「だめだめ。殺人光線は、かずが一つしかない。大ぜいの水兵がせめてくると、殺すのがなかなか間にあわぬ」
「いや、だめでない」
「いやいやだめだめ」
黒人がさかんに言争っているのを、そばでは、アラビヤの王様が着ているような長いマントを着た怪塔王が、むずかしい顔をして聞いていましたが、
「お前たちは黙んなさい。わしの命令だ。さあはやく、横須賀へ飛ばせるんだ」
と、手をふれば黒人は、怪塔王のけんまくにびっくりして、円筒のなかにくびをひっこめました。
この黒人たちは、この怪塔の運転手でありました。怪塔王が特別に教えこんであるなかなか重宝な運転手です。いよいよ怪塔はまた飛びだすことになりましたが、そのとき天井にとりつけてある高声器が、とつぜんがあがあ鳴り出しました。
5
とつぜん頭の上で、があがあ鳴りだした高声器!
三人の黒人は、またびっくり。
しかし、もっとびっくりしたのは怪塔王でありました。彼はすばやく腰をかがめて、床のうえにおちていた木片をつかむがはやいか、天井の高声器めがけて、ぱっとなげつけました。
その木片は、高声器にあたらないで、そのまま下におちました。
このとき高声器の中から、しゃがれた声がとびだしました。
「こうら、ジャンにケンにポンよ。塔を横須賀の方へ飛ばしてはならんぞ。わしの命令だ。そむいた奴は、あとで魂《たましい》を火あぶりにするぞ」
そう言う声は、怪塔王とそっくりでありました。
「おやおや、先生はそこに立っているのに、三階からも先生の声がするぞ」
黒人は、びっくり仰天《ぎょうてん》です。
「こうら、はやく横須賀へやれ。わしのこの顔が見えないとでもいうのか」
と、室内の怪塔王はどなります。
「へえへ、それでは横須賀へ――」
と黒人は頭をさげながら、心の中に、
(はて、この先生の顔はどう見ても先生にちがいないが、言葉つ
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