の無線電信が、どの方角からやってくるかをしらべることにしてすぐとりかかりました」
「大いによろしい。そして無線電信のやってくる方角はわかったか」
「はい、始の電信はすぐ消えてしまいましたが、それから五分間ほどたちますと、またおなじ電信がはいってきたので、そいつを捕獲することに成功しました」
3
小浜兵曹長は、塩田大尉の前で、なおも熱心に、どうして怪電波のとんできた方角をはかったかということについて、報告をつづけています。
「塩田大尉、その方角は方向探知器の目盛《めもり》の上にあらわれました」
「どっちだ、その方角は」
と、大尉は地図をとってひろげました。
「はあ、ここが九十九里浜で、この上を、真北から五度ばかり東にかたむいた方向に直線をひいてみます」
といって、兵曹長は地図の上に赤鉛筆ですうっと線をかいた。
「この方角です」
その方角というのは千葉県の香取神宮《かとりじんぐう》のそばをとおり、茨城県にはいって霞浦《かすみがうら》と北浦との中間をぬけ、水戸の東にあたる大洗《おおあらい》海岸をつきぬけて、さらに日立鉱山から勿来関《なこそのせき》の方へつらなっていた。
「ふうむ、北の方角だな。ついでにどの地点かわかるといいのだが――」
「はあ、それもやってみました」
「やった?」
「はい、ちょうど駆逐艦|太刀風《たちかぜ》が、鹿島灘《かしまなだ》の東方約二百キロメートルのところを航海中でありましたので、それに例の怪電波の方角を測ってもらいました。あいにく洋上は雨風はげしく、相当波だっていますそうで、太刀風の無線班も大分苦心をして時間がかかりましたが、それでもついにわかりました。太刀風からはかった怪電波の方角は、大体真西から北へ十度ということになりました」
「そうか、真西から北へ十度かたむいているというと――日立鉱山のあたりか、勿来関のあいだとなるね」
「はい、線をひいてみますと、こうなりますから――」
と、兵曹長は、太平洋上から青い鉛筆で線をつけだして、それをずっと西へひっぱっていった。そうするとさっきひいた赤線と、いまひいた青線とが交ったその地点こそ、勿来関!
4
方向探知器というものは、たいへん重宝《ちょうほう》な機械でありました。怪塔のかくれている地点から発射するよわい電波を、九十九里浜にいる軍艦淡路と、太平洋を航行中の駆逐艦太刀風との両方から方向を測って、その地点は勿来関だとちゃんといいあてることができるのですから、じつにすぐれた機械だといわなければなりません。わが日本には、世界にじまんをしていいほどのりっぱな方向探知器があるのは、気づよいことです。
塩田大尉の顔は、さすがによろこびの色にあふれて、小浜兵曹長の手をかたくにぎり、
「方向探知器の方が、大利根博士よりもえらい手柄をたててしまったぞ」
「はあ、そうでありますか」
「なぜといって、大利根博士は怪塔ロケットがどこへ行ったかしらべるのは、なかなかだといっておられた」
「はあ、では大利根博士に、怪塔の行方がわかったと知らせますか」
「そうだね」
といって、大尉はしばらく考えていましたが、
「まあ知らせないでおこう。すこし思うところもあるから」
と、意味ありげなことをいいました。
それはそれとして、あのよわよわしい怪電波は、果して怪塔から出ているのでありましょうか。それならば、誰があの信号を出しているのでしょうか。
怪塔にとじこめられていた帆村探偵と一彦少年とは、いまどうしているのでしょうか。
それはともかく、塩田大尉は、小浜兵曹長のもってきた怪電波のでている地点のしらべを、一切、艦隊旗艦にしらせました。
司令長官はこのことを聞かれると、すぐさま勿来関へむけて、偵察機隊をむけるよう命令をだしました。
塩田大尉や小浜兵曹長も、その人数のなかに加ることになり、九十九里浜にさよならをすることになりましたので、ミチ子を軍艦にまねいてお別れの言葉をのべ、一彦や帆村をたすけだすことをちかいました。
偵察機出発
1
怪塔王がかくれているところは、勿来関の近所らしいという見当をつけ、わが塩田大尉や小浜兵曹長は、ミチ子にさよならをして、偵察機の上にのりこみました。
偵察機隊は、すぐ空中にとびあがりました。翼をそろえてまっすぐに、北へ北へとんでいきます。九十九里浜は、まもなく目にはいらぬほど小さくなってしまいました。
「塩田大尉、平磯《ひらいそ》基地からも、爆撃機六機が勿来関へむけて出かけたと報告がありました」
と、機上の無電機をあやつっていた小浜兵曹長が伝声管のなかから大尉に知らせて来ました。
「うむ、そうか」
いよいよ怪塔王を征伐することになったのです。しかし怪塔王はそんなにやすやすと退治されるでしょうか。
しばらくして塩田大尉は、
「おい、小浜兵曹長、そののち怪塔からの無電は、なにかはっきりしたことをいって来ないか」
すると伝声管のなかから小浜のこえで、
「軍艦淡路を出てからこっち、あの怪電波はすこしもはいりません。ただいまも、一生懸命にさがしているところであります」
と言って来ました。
「そうか、無電を打ってこないとは心配だ。空中へのぼれば、無電は一層大きくきこえるわけだから、むこうで無電を出せば、きこえない筈はないのだ」
と、そう言っているうちに、とつぜん小浜兵曹長が、おどろいたようなこえをあげ、
「あっ塩田大尉、はいりました、はいりました。たしかに例の怪電波です。たいへん大きくきこえます。こんどは符号もよみとれそうです」
「それはすてきだ。しっかり無電をうけろ」
さて怪塔からの無電は、どんな意味のことを放送しているのでしょうか。塩田大尉は胸をおどらせて、小浜兵曹長の報告を待っていました。
2
機上に、ふたたびきこえはじめた怪電波をじっときき入るのは、小浜兵曹長でありました。
ト、ト、ト、ツート。
ト、ト、ト、ツート。
「ふむ、分るぞ分るぞ」
と、兵曹長は片手で受話器を耳の方におさえつけ、一字ものがすまいと、まちかまえていました。
すると、いよいよ怪電波は、通信文をつづりはじめました。
さあ、なにをいってくるのか?
「――カイトウオウトワボクセヨ、ホムラ」
電文は、「怪塔王と和睦せよ、帆村」というのであります。小浜はまったく意外な電文だとはおもいましたが、すぐそのまま塩田大尉のもとに報告いたしました。
おどろいたのは塩田大尉です。
「なんだ、怪塔王と和睦せよ――というのか。帆村荘六は気が変になったか。それともこれは怪塔王のにせ電文かもしれない」
帝国海軍の最大主力艦であるところの、軍艦淡路をめちゃくちゃに壊した乱暴者の怪塔王を、どうしてゆるせましょう。その怪塔王と仲なおりをしなさいという帆村探偵の電文は、どう考えても腑《ふ》におちません。
帆村探偵はとうとう怪塔王のために捕虜となり、そしてむりじいにこんな電文をうたせられたのではないでしょうか。
「おい小浜兵曹長。いまの無電は、この前軍艦淡路できいたのと、同じ無電機でうってきたのだろうか」
「はい、同じものだとおもいます。音は大きくなりましたが、向こうの機械は、よほどあやしい機械とみえまして、音がふらふらよっぱらいのようにふらついてきこえます」
「ふん、まるで上陸した夜の、貴様の足どりみたいだな」
と、塩田大尉はおどろきの中にも、勇士のおちつきをみせて、からかえば、
「いや、どうも」
と、兵曹長は頭をかきました。
3
機上の塩田大尉は腕ぐみして、「怪塔王と和睦をしろ」という無電を、一体誰が出したかと思案中です。
「すると、やっぱりこれは帆村探偵が出している無電にちがいない。怪塔王が、怪塔にそなえつけの無電機をつかって、電文を打って来るのなら、こんな貧弱なそしてふらふらした、無電ではない」
帆村が怪塔王に降参した、としか思えないのでありました。
そのとき、平磯基地をとびだした爆撃機隊から、連絡無電がはいってきました。
「本隊は、高度三千メートルをとりて、鹿島灘上に待機中なり、貴官の命令あり次第、ただちに爆撃行動にうつる用意あり、隊長|松風《まつかぜ》大尉」
爆撃機隊は、海上三千メートルのところをぶらぶらとんでいて、塩田大尉が命令を出しさえすれば、すぐにどこでも爆撃するという電文です。いよいよおそろしい空からの爆撃戦が用意せられました。
それでは、どこを爆撃するか。怪塔のあるところを早くみつけねばなりません。塩田大尉は水戸の上空にかかったとき、全隊にそれぞれ偵察コースを知らせ、これからばらばらにちらばって、地上にかくれている怪塔をさがすことになりました。さあ、手柄をあらわすのは、どの偵察機でありましょうか。
午後四時十分!
待ちに待った「怪塔が見えた!」の電文が一機から発せられました。それっというので、塩田大尉ののっている機も、その方へ急いで向かっていきました。小浜兵曹長は、「怪塔が見えた!」のしらせをうけると、自分が見つけそこなったのをたいへん残念に思いました。この上はというので、望遠鏡を地上に向けて、怪塔のすがたを早く見ようと一生懸命です。
それは勿来関よりすこし西にいき、山口炭坑と茨城炭坑の間ぐらいの山中に、なんだか五十銭銀貨を一枚落したような、まるいものが見えました。
4
「あっ、あれだ」
「そうだ、怪塔が見える」
偵察機上の塩田大尉も小浜兵曹長も、思わず席からからだをのりだしました。
「爆撃機隊へ連絡!」
大尉が叫んだので、通信員はすぐさま無電装置のスイッチを入れ爆撃機隊の司令をよびだしました。
「はい、爆撃機司令です」
塩田大尉は、マイクを手にとって、眼下に見える怪塔のありさまを知らせました。そしてすぐさま爆撃をするように頼んだのでありました。
「承知しました。すぐ全機で急行いたします」
「頼みましたよ」
それからものの十分とたたないうちに、東の空から爆撃機隊の翼がみえてまいりました。両隊の無電は、しきりに連絡をはじめました。そのうちに打合わせは、すっかりすみました。
爆撃機体は二隊にわかれ、いずれも四千メートルの高度をとり、怪塔の上にしずかにすすんでいきます。
塩田大尉も、小浜兵曹長も、偵察機の上からかたずをのんで、その行動を見守っています。
そのうちに先にとんでいる爆撃機隊の編隊長機がまず機首をぐっと下げました。あとの僚機《りょうき》もそれにならって、順番に機首を下にしました。急降下爆撃です。
機体の胴中から、まっくろいものが五つ六つ、ぱっと放りだされました。爆弾です。
爆弾は仲よく一しょにかたまって、ぐんぐん下におちていきます。
第二番機の爆弾群が、またあとをおいかけて、ぐんぐん地上の怪塔に追っていきます。
さあどうなるのでしょう。あと数秒で、いよいよ土をふきとばし、黒煙が天にまきあがる大爆発がおこる――と思っていましたが、ところが実際は、そうなりませんでした。まことに不思議、いつまでも爆発がおこりません。
5
怪塔の中には、「怪塔王と和睦せよ」という無電をうった帆村荘六もいるはずですし、一彦少年も一しょのはずです。それにもかかわらず爆弾を怪塔の上に落すのは、まことに気のすすまないことでしたが、帝国海軍に仇《あだ》をなす怪塔は、たとえ一日でも、一時間でもそのままにしておけませんから、それゆえ塩田大尉は、涙をふるって爆撃隊に爆弾を落すよう命じたのでありました。
その爆弾が、下にぐんぐんおちていったきりで、そのまま音沙汰《おとさた》なしになってしまったものですから、爆撃員はすっかり面くらってしまいました。
「爆弾を投下したが、爆発しない!」
と、妙な電文が、塩田大尉のところにとどきました。
「爆弾を投下したが、爆発しない――というのか。そんなばかなことがあってたまるか。なあ小浜兵曹長」
「はあ、わからんでありますな。爆弾が昼寝をしているわけでもありますまい」
爆撃機六機の落した爆弾は
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