やしたようなかたちをした飛行機の一種です。飛行機とちがうところは、飛行機にはプロペラがあるのに、ロケットにはそれがありません。したがってロケットにはエンジンもありません。ではどうしてこのロケットが空中を走るかと申しますと、それはロケットのお尻の方に穴があいていて、その穴からはげしくガスがふきだすのです。その勢でロケットは前へすすむのであります。
ガスはロケットの中にたくわえられています。怪塔王のつかっているガスは、QQ《キューキュー》ガスという世界のどこにも知られていない強いガスです。これはうんと冷して、固めて石膏《せっこう》のようにし、缶づめにしてあります。使うときは、その缶づめの栓《せん》をひらくと、その穴からQQガスがガス状になってはげしくしゅうしゅうとふきだすのです。冷して固めてあるわけは、そもそもロケットのようにガスがたくさん入用な乗り物では、ガス状のままでロケット内にたくわえるのでは、場所がせまくていくらもたくわえられません。そこで冷して固めて石膏のようにしておけばたいへん容積が小さくなります。たとえば部屋一杯のガスも、これを冷して固めると、耳かき一ぱいぐらいの粉末になります。ですから、相当の分量を積んでもたいした場所ふさぎにもなりません。
怪塔ロケットには、いつのまにか屋根のようなものが出て、形を流線型にしています。また尾翼もいつの間にか胴中からひきだされました。古びた怪塔は、まったくここに最新のロケットに形をあらためてしまったのです。
なんという物凄《ものすご》い怪塔でしょう。
4
行方不明の怪塔が、いきなりロケット機に早がわりをして天空にとびだしたのですから、これには誰しもおどろきました。
なかでも一番おどろかされたのは、ちょうどあの時、現場ちかくの砂地を一生懸命にしらべていた軍艦淡路の陸戦隊員でありました。
それまでは、平《たいら》な砂浜としか見えなかった大地から、ごうごうばしゃんと大音をたて、いきなり怪塔に翼を生やしたロケットがとびだしたのですから、これは、いかに戦闘にめざましい手柄をたてる皇軍勇士であっても、驚かないではいられません。
隊長の塩田大尉さえ、
「おおっ、ありゃ何だ!」
と叫んだきり、しばらくは天空によじのぼってゆく怪塔ロケットをただ惘然《ぼうぜん》とながめつくしたことでした。
「立ちうち! 構え!」
大尉はやっとわれにかえって号令を下しました。だが、今さらうしろから撃ってみても、どうにもならぬことを知ると、大尉はついに撃方《うちかた》はじめを命じませんでした。
それに代って、信号兵がえらばれ、本艦との間にさかんに手旗信号が交されました。本艦でも、まったく不意うちのありさまで、甲板にいた水兵さんたちも、あれよあれよと、ロケットの出すガスの尾を見まもるばかりでしたが、この時勇ましい爆音が艦上に聞えると思う間もなく、二台の艦載機が、カタパルトの力でさっと空中にとびだしました。これは怪塔ロケットを追跡していくためでありました。乗手は有名な金岡大尉と三隈《みくま》一等航空兵曹とでありました。
しかしこの名手たちも、やがてがっかりして艦の方にまいもどってきました。空中からの報告が発せられました。
「司令。追跡してみましたが、とても向こうの速度がはやいので、どうすることもできません。怪ロケット機の姿を、ついに真北の方角に見失いました」
5
それっきり、怪塔ロケットの行方はしれなくなってしまいました。
帆村探偵や一彦少年はぶじでいるでしょうか。また怪塔王は、次にどんなことをやろうと考えているのでしょうか。
軍艦淡路の検察隊長塩田大尉は、こうなったことについて残念でたまりません。
そこへ一彦の妹のミチ子が、兄のことを心配してたずねて来たものですから、塩田大尉の胸のなかは、にえくりかえるような有様でした。
「ミチ子さん、まあ、おかけなさい。ほんとうにお気の毒なことになりましたね」
ミチ子の捷毛《まつげ》は心配のあまり涙でぬれていました。
「大尉さま、兄さんはもうかえってこられないのでしょうか。帆村おじさんも一しょに行ってしまって、あたしの身よりは、もう一人もなくなりましたわ。あたしが男だったら、怪塔王のあとを追って、兄さんたちを救いだしにいくのですけれど――」
塩田大尉も目をしばたたき、ミチ子の頭をやさしくなでながら、
「ミチ子さんは、そう心配しないがいいですよ。私たちがきっと探しだします。本艦をこんなひどい目にあわせたのもどうやら、ミチ子さんのいう怪塔王の仕業《しわざ》のようですから、これはどうしても私たちの手で怪塔王征伐をしなければならないと思います。しかしながら、あの怪塔王は、私たち専門家が考えても不思議でならないほどの恐しい武器をもっているのです。ですから、これを征伐するにしても、なかなか研究をしてかからねばなりません。そこで私たちは、艦長などとも相談の結果、日本一の大科学者といわれる大利根博士《おおとねはくし》に来ていただくことにして博士のお智恵を借りることにきめたのです。博士に来ていただけば、必ず怪塔王征伐のいい方法がみつかるにちがいありません」
6
大利根博士は、日本一の科学者でありましたが、また日本一の変り者でもありました。博士はいつも地下室の研究所にたてこもっていて、なかなか外へ出て来ません。誰かがたずねていっても、よほど機嫌《きげん》のよい時でないと、顔を見せません。ですから、強い近眼鏡をかけ、ひげぼうぼうの痩《や》せた小さい顔をもった大利根博士を見た人は、よほど運がよかったことにされていました。大抵の場合は、博士邸の玄関にそなえつけてある電話機でもって、奥の間にある博士と電話で用事を話しあって、用を果すのが普通でありました。その電話さえ、時によると、博士が電話口にあらわれて来ませんために、二日でも三日でも玄関にがんばって、いくども電話をかけてみるよりしかありませんでした。
その大利根博士が、軍艦淡路をおとずれたのは、約束より三日もあとのことでありました。
「やあ、ひどいことになったものですね」
博士は腰をたたきながら、にこにこ顔で舷梯《げんてい》をのぼって来ました。
艦長|相馬《そうま》大佐をはじめ、幕僚たちや検察隊長の塩田大尉なども、大利根博士を出迎えていました。
「これは相当の威力をもっている秘密兵器でやられたのですね。たいへん面白い。すぐにしらべてみましょう」
と、甲板のうえから、艦橋が飴細工《あめざいく》のように曲っているのを見上げて、しきりに首をふって感心していました。
「大利根博士、お茶をめしあがれ」
ミチ子が水兵さんに代って、紅茶をすすめました。
「やあ――」と博士は目をまるくして、「おや、このごろは軍艦では、女の給仕をつかうようになったんですか。あっはっはっ」
ミチ子は、顔をあかくしました。
7
大利根博士は、竿竹《さおだけ》のようにほそい体をいろいろに曲げては、飴細工のように曲ったり溶けたりしている軍艦淡路の艦体をいちいちていねいに見てまわりました。
博士は感心するたびに、つよい近眼鏡のおくに眼玉をひからせたり、ぼうぼうひげをぴくりと動かしたりしました。
「塩田さん、だいたいよく見まわりました。一番おもしろいのは、この通風筒ですよ」
といって、博士はそばにたっている通風筒を振返りました。この通風筒というのは、煙管《キセル》の雁首《がんくび》の化物みたいな、風をとおす大きな筒です。それは鉄板でできていましたが、それがまるで大風にふきとばされたようにひん曲り、しかもその上にいくつもぶつぶつと大小の穴があいているのでありました。
「塩田さん、この通風筒をすこしばかり貰《もら》ってゆきますよ。もってかえって、よく研究してみなければならぬ」
そういうと、大利根博士は、白墨をポケットから出して、通風筒の穴のまわりに、丸印だとか三角印だとかをかきました。それから写真機を出して、その部分をいちいちていねいにうつしました。
それがすむと、博士はどこに隠しもっていたのかへんなかたちの鋏《はさみ》をとりだし、鉄でできた通風筒をまるでボール紙をきるかのように、ざくざくざくと切りとりました。
「まあ、よく切れる鋏だこと」
と、ミチ子は、そばからみていて、感心していいました。
すると大利根博士は急にふりかえって、怒ったような顔をしました。
「どうも女の子は、お喋りでいけない」
ミチ子は博士のじゃまをしたので怒られたのだなとおもい、べそをかきました。
すると、そのときミチ子のうしろから、大きな手がちかづいて、その頭をやさしくなでました。
ふりかえってみますと、それは塩田大尉の手でありました。
怪塔はどこ?
1
ミチ子は、軍艦淡路の上で、しきりに妙なことをやって研究をしている大利根博士を、たいへんこわい人だとおもいました。
しかし博士は、ミチ子がなにをおもおうと平気の平左《へいざ》で、なにかさかんに口のなかでぶつぶついいながら、艦内をあるきまわっていました。
検察隊長の塩田大尉は、博士の前にすすみよって、
「大利根博士、あなたはあの怪塔ロケットが、このようなひどいことをやったのち、どこへ行ってしまったとお考えですか」
博士は、ぎょろりと、近眼鏡のなかから眼をひからせ、
「うん、そのことなら、大体見当はついていますわい。やはり、どこか人気のないところでしょうな。海岸とか、山の中とか、そういうところですね」
「博士は、それをはっきり探しあてるにはどうすればよいとお考えですか」
「それはやはり、怪塔の科学者が、このように軍艦の鉄板などをどんな力でとかしたか、それを調べるのが先ですな。それがわかれば、その怪力に感ずる、例えば受信機のようなものを作って飛行機にのせ、空中をとびながら、怪力の強くなる方角へとたどっていけば、きっと怪塔のあるところへ行きます」
「なるほど、それはいい方法ですね。するとこの怪力を博士に調べていただかねばなりませんが、何日ぐらいかかりますか」
「さあ、そいつはよくわからんが[#「わからんが」は底本では「わかんが」]――」といって、大利根博士は額にしばらく手をあてていましたが、
「まあ、この通風筒の鉄板などをもってかえって、できるだけ早く調を終えることにしましょう。じゃあもう帰りますよ」
「博士、もうおかえりですか」
「こんな落ちつかぬところじゃ、いい考えも出ませんよ。はい、さようなら」
そういって、大利根博士は後をふりむきもせず、すたこら帰っていきました。
2
それといれちがいに、小浜兵曹長が甲板へ飛出してきました。
「塩田大尉、一大事ですぞ」
「なんだ、小浜、お前にも似あわず、あわてているじゃないか」
「あっはっはっ、あわてているかもしれませんね。とにかく怪塔ロケットの行方がわかりかけたのです」
「なに、怪塔ロケットの行方が――」
と、塩田大尉がびくりと太い眉《まゆ》をうごかし、
「ほう、それはうまい。しかし大利根博士は、怪塔から発射する例の怪力の正体がわからないうちは、とても怪塔の行方はわかるまいと言っていられたぞ」
「博士はそんなことを言われましたか。しかし、いま無線班は、怪塔から出していると思われる無線電信をつかまえたのです。それは非常に弱い無線電信で、しかもはじめは、たった二十秒間ほどしかきこえませんでしたが、たしかに軍艦淡路を呼んでいるのです」
「ほうほう」
と、塩田大尉は前にのりだしてきた。
「なにか信号の意味でもわかればいいと思って苦心しましたが、たしかに電文をうっているのですが、符号がきれぎれになって、よく意味がききとれません。しかし淡路の呼出符号だけは、幾度もくりかえされるので、ははあ、こっちを呼んでいるなと、わかるのです」
「うむ、それから――」
と、塩田大尉はあとを催促いたしました。
「そこで、向こうが何をいっているのかを、聞きわけることはあきらめまして、その代りそ
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