さっそく傷の手当をしてやるやら、小屋へつれて行くやらして、炭やきのお爺さんはおもいがけない仕事にくるくると働きました。
少年がやっと正気にかえったのは、それから三十分も後でした。
少年は気づくと、お爺さんの顔を見てびっくりし、にげ出そうとしましたが、足がきかないので、そのままぱったり顔をわらむしろのうえにふせ、
「ああ、いたいいたい」
とわめきながら、いたむ足を抱えました。
この少年は、誰であったでしょうか。
一彦少年です。みなさんよく御存じの一彦君なのでありました――一彦といえば、彼は怪塔の中にいたはずですのに、なぜこんな山の中にころがっていたのでしょうか。
「どうだ、そんなにいたいかね。男の子だ、がまんをして、がまんをして」
と、お爺さんはしきりに一彦をいたわっています。一彦は、歯をくいしばりながら、
「お爺さん、町へ知らせるのには、どうするのが一等早いの」
とたずねました。
2
傷ついている少年から、町へ使《つかい》を出すにはどうするのが一ばん早いかと、聞かれた炭やき爺さんは、少年の顔をつくづく見やりつつ、
「町へ使をだすといっても、そんなにいくとおりもやり方があるわけじゃない。わしがとことこ山をおりて行くよりほかに、別にかわった方法はないねえ」
と答えたあとで、
「しかしお前さんは、どうしてこんなところへやって来たのかね。お前さんは一体誰だね」
と、さも不審そうに、たずねました。
少年は、傷がいたむとみえて、顔をしかめていましたが、やがて口をひらき、
「――僕のことかい。僕は一彦という名前なんだよ」
「なんじゃ、カズヒコというのか」
「そうだ、一彦だ。怪塔の中から逃げだしたんだ。その時こんな風に傷をおってしまったんだ」
傷ついている少年は、意外にも一彦だったのです。怪塔の中に、帆村荘六とともに、とじこめられていたはずの一彦少年が、意外も意外、山の中に放りだされていたというわけでありました。
しかし炭やき爺さんには、一彦といったところが、また怪塔といったところが、通じるはずがありません。
「怪塔てえのは、なんのことかな」
と、のんきな問を出しました。
「怪塔を知らないの」
と一彦は目をまるくして、
「ほら、昨日のことさ。たくさん飛行機がやってきて、空から爆弾をおとしていたじゃないか。この山の向こうで、やっていたじゃないか。あれは飛行機が怪塔を攻めて、空から爆撃していたんだよ」
「ほうほう、なるほどあれか。わしは演習をやっているのかと思っていたんだ」
「演習だなんて、爺さんはのんきだなあ。そしておしまいに大きな塔が尾をひいて、空中にとびだしたじゃないか。あれが怪塔だよ。僕は、あの塔の中から逃げだしたんだよ」
3
「ああそうか、あれが怪塔かね。あれならわしも見たぞ。いま聞けば、お前はあの中から逃げて来たというが、一体どうして、また怪塔の中なんぞにいたのかね」
炭やき爺さんは、目をまるくして、それからそれへと一彦少年にたずねました。
一彦としては、お爺さんにしてきかせる山ほどの話をもちあわせていましたが、そんなことよりも、一分でもはやく、塩田大尉に知らせ、一彦が怪塔から逃げだすまでに起ったいろいろのことを、報告しなければならぬとおもいましたので、
「ねえ、お爺さん。ぐずぐずしていると、怪塔王のため日本の軍艦がどんなにひどくこわされてしまうかわからないんだよ。だから僕はね、すこしでもはやく海軍の軍人さんかお巡《まわ》りさんかにあいたいんだよ。いそがないと、たいへんなことになるんだ。ねえ、お爺さん。すまないけれど、山をくだって、誰かに僕がここにいるということを知らせてくれないか」
一彦は熱心を面《おもて》にあらわして言いました。
日本の軍艦がひどくこわされてしまうと言う話を聞いて、炭やき爺さんはとびあがるほどおどろきました。なぜと言って、この爺さんの一人息子は水兵さんで、いま軍艦にのっているのです。軍艦は大切ですし、一人息子も大切です。
「ようし、じゃあこれからわしが村の衆《しゅう》へ知らせよう。待てよ、早くしらせるには、これから山をくだるよりももっといい方法があったっけ。もっともこれは、天地のひっくりかえるような大事件の時でないと、使ってはならぬと、村の衆とのあいだの申し合わせじゃが、怪塔王が日本の軍艦をめりめりこわすと言うのなら、この非常警報をつかってもかまわんじゃろ」
そう言うと、お爺さんは腰にさげていた鎌《かま》をとって、傍に生えていた太い竹を切りおとし、ころあいの長さにして穴をあけました。お爺さんは、なにをこしらえているのでしょうか。
4
「お爺さん、竹を切って、それで一体なにをつくるの」
と、一彦は、お爺さんの手に握られた鎌が、器用に動くのを感心しながら言いました。
「うん、これかね。これはわしの大得意な竹法螺《たけぼら》じゃ」
「竹法螺って、なにさあ」
「お前は竹法蝶を知らないのか。こいつはおどろいた。まあ見ているがいい」
そう言ってお爺さんは、五十センチほどの長さに切った竹筒に、しきりと細工《さいく》をしていましたが、やがてにっこり笑い、
「さあ、竹法螺が出来たぞ。これならよく鳴りそうだ」
と、竹法螺を唇にあて、はるかふもと、村の方をむきながら、ぷうっと大きな息をふきこみました。
ぷーう、ぷーう、ぷーう、ぷーう。
竹法螺は、大きな、そしていい音色でもって、朗々と鳴りだしました。その音は山々に木霊《こだま》し、うううーっと長く尾をひいてひびきわたりました。
「ああ、いい音だなあ」
一彦少年は、傷のいたみをわすれて、お爺さんのふく竹法螺の音に聞きほれました。
お爺さんは、いくたびもいくたびも竹に口をあて、頬《ほっ》ぺたをゴムまりのようにふくらませ、長い信号音をふきつづけていましたが、
「さあ、このくらいやれば、村の衆の耳に、この竹法螺の音がはいったろう」
「お爺さん、今の竹法螺を聞きつけて、村の人がこの山の中までのぼって来るのかい」
「そうさ。皆おどろいて、ここへのぼって来るよ。ああ言うふき方をすると、ちゃんと場所がわかるのさ」
「竹法螺をいろいろにふきわけて、ふもと村へ言葉を知らせられないの」
「ふきわけて言葉を知らせることができるかって。それは無理だ、息がつづかない」
5
炭やき爺さんは首をふって、竹法螺でもって、ふもと村へ言葉をおくるのには、とても息がつづかないと、ざんねんそうにいいましたので、これを聞いた一彦少年はちょっとがっかりいたしました。
しかしながら、ふもと村からこの山の中まで、村人にえっさえっさとあがってきてもらい、また山をおりて、塩田大尉のところへ使にいってもらうのはどう考えても二重の手間だとおもいましたから、なにかほかに、いい通信のやりかたがあるまいかとおもい智恵袋をしぼってみました。
そのとき、一彦の目にうつったものがありました。
それは炭やき爺さんの、そこにつくってあった炭焼竈《すみやきかまど》でありました。
「うん、これはいいものが目にとまった」
と一彦少年はおもわずひとりごとをいい、炭やき爺さんをよびました。
「いいものがあったよ。これならふもと村へ通信することなんか、わけなしだ」
「えっ、それはなんのことだね」
「あの炭焼竈のことさ。あれに火をつけると煙突から煙がむくむくでてくるだろう。そのとき風呂敷か板片かをもって屋根にのぼり、煙突から出る煙を、おさえたり放したりするのさ、それを早くくりかえせば、煙突から短い煙がきれぎれに出てくるだろう。またそれをゆっくりやれば、長い煙がきれぎれになって出てくるだろう。つまり煙でもって、短い符号と長い符号とをだすことができるから電信と同じように、モールス符号を出すことができるのさ。ふもと村に、モールス符号のわかる人がいればこっちでだしている煙のモールス符号を読んで、ははあ、あんなことを言っているなと分るだろう。ねえ、僕がモールス符号をつづるから、爺さんは屋根にのぼって、このとおり、炭焼竈からでる煙を短く、あるいは長く符号にして出してくれないか」
「ほほう、お前は子供のくせになかなか智恵がまわるわい」
炭やき爺さんは感心いたしました。
6
煙をつかうモールス符号の通信!
一彦少年は、えらいことを知っていました。しかしこれは一彦が考え出したことではなく、じつは大むかし、原住民がつかっていた通信のやりかたなのです。今ではもうわすれられたようになっていましたが、よく考えてみますと、このような人里はなれた山の中と、ふもと村とのあいだの通信にはたいへん便利なやりかたです。こんな風に、今はやらなくなっても、むかしのものには、なかなかいいものがあります。はやりすたりを気にしないで、むかしのものでも役にたついいものは、今もどんどんつかってやるのが、ほんとうにすぐれた人と申せましょう。
一彦少年は、いつか本で読んでおぼえていた煙通信を、うまくいかして使ったのです。
炭やき爺さんは、竈の屋根にのぼり、煙突のそばに立って、一彦が紙きれに書きつけた長短の符号をみながら、煙突に風呂敷をかぶせて、煙をとめたり出したり、大汗になってつづけました。その文句が、一彦が怪塔から逃げだして、ここにいるから助けに来いというのでありました。
炭やき爺さんとしては、一彦のさしずでもって煙信号をつづけているのですが、内心では、これが果してふもと村に通じるかどうか、きっと自分の竹法螺の音は村人の耳にはいっても、一彦がいま自分にゆだねたこの長ったらしい通信文は、とてもふもと村に達しはしまいと思っていたのです。
ところがどうでしょう。間もなくふもと村の中から一本の煙がむくむくと、風のない空に、まっすぐ立ちのぼりはじめました。
「おやおや、村でも煙火みたいなものをあげたぞ。こっちの真似をする気かしら」
と爺さんが目をみはっているうちに、その村の煙火が、下の方から長短の符号どおりに切れはじめたのですから、爺さんは大びっくり、紙きれにその符号をうつし始めました。
一体村の煙火は、山の中へ向かって何を伝えているのでしょうか。
塩田大尉のお迎え
1
ふもと村から、煙の信号がたちのぼるのが見えます。一彦少年は炭やき爺さんの手をかりて、その信号の見えるところまで、傷ついた体をうごかしてもらいました。
ふもと村からの信号は、どんなことを伝えて来たのでしょうか。
「シオダタイイガムカエニイク」
塩田大尉が一彦をむかえにいくというのでありました。塩田大尉のところへ、どうしてそんなにはやく知れたものかと、一彦は夢のようにおどろきましたが、このとき塩田大尉は、ちょうど飛行基地から警察電話で、このふもと村へ昨日以来、何か聞きこんだことかまたは変ったものを見なかったかと、問いあわせ中であったので、それならば今、裏山からこうこういう煙の信号があがっているところで、塩田大尉に知らせてくれといっていますよ、というわけで、たいへんうまく塩田大尉と話がついたのであります。
「ああうれしい。塩田大尉が来てくださる。僕、うれしいなあ。大尉に会うことができたら、僕はすぐ帆村おじさんからの言づてを話して、一刻も早く怪塔征伐をやってもらうのだ。――大尉はどうしてこの山の中まで来るかしら。やっぱり飛行機で来るのかしら」
と、一彦は急にたいへん元気づきました。これを見ていた炭やき爺さんも、これなら自分も骨おりがいがあったと大よろこびです。
それはちょうど、おひる前の十一時ごろでありました。一台の飛行機が、東の方の空から近づいて来ました。飛行機は、一彦たちのあたまの上まで来ました。一彦は寝そべったまま白布《はくふ》を手にして振り、爺さんはしきりに炭焼竈の煙をさかんにあげて飛行機の方に相図《あいず》をしました。
その相図が通じたのか、その飛行機はぐるぐる旋回をはじめながら、しだいに高度をさげてまいります。千メートルから九百、八百、やがて五百メートルと
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