低空にうつりました。
2
一彦たちの頭上を旋回しながら、しだいしだいに高度を低くして来る尻尾《しっぽ》の赤い飛行機から、やがて人間と荷物とのつながったものが空中へぽいと放り出されました。
「おや、なんだろう」
と、炭やき爺さんは、まぶしそうに目をぱちぱちしながら、天を仰いでいます。
「あっ、落下傘だ。塩田大尉は落下傘でおりて来るんだぜ。ああすごいなあ」
といっているうちに、ぱっと空中に大きな真白な花傘がひらきました。三百メートルほどの低空です。人間の重みで、傘はぶらんぶらんとゆれています。
落下傘はどんどん下におりて来ました。風の流れる方向をみさだめてあったものとみえ、じつにたくみに一彦たちのいるところへ、静かにまいさがってまいります。
「爺さん。僕、起きたい、起きたい」
「まあ、そうむりをいうちゃならねえ。お前は怪我しているということを、忘れちゃいけねえぞ」
そういううちに、塩田大尉のぶらさがっている落下傘は、ぐんぐん下におりて、一彦たちの頭上を越し、その奥の山腹にどさりと着陸いたしました。大尉はもんどりうって、山腹にころげるとみましたが、とたんに落下傘をゆわえたバンドをはずして、すくっと地上にたちあがりました。これをみていた一彦は、おもわず万歳《ばんざい》をさけびました。
塩田大尉は、すぐさま一彦のところへ駈けよりました。そして少年をなぐさめるとともに、持ってきた衛生材料でもって、手ぎわよく一彦の患部を消毒し、仮繃帯《かりほうたい》をぐるぐるまいてくれました。
「塩田大尉、ありがとう。どうもありがとう」
「いや、なあに。それよりも一彦君は、じつに元気だね。水兵だって、君の元気には負けてしまうぞ。――そして、一体君はどうして怪塔から抜けだしたのか。帆村君はどうした。はやく聞かせてくれ」
3
一彦は塩田大尉の手あつい介抱《かいほう》をうけ、さらに元気になり、そこで一体どうして一彦ひとりが怪塔から抜け出たか、そのあらましを語りだしたのでありました。
「――僕、おどろきましたよ。だって、怪塔が、ものすごいうなりごえをあげて、空高くまいあがったんですものねえ。それから空中をあちこちと、ぶんぶんとびまわり、どうなることかと、窓わくにすがりついて、ひやひやしているうちに、こんどはどすんと大きな震動とともに、怪塔がしずかにとまってしまったんです。そのとき自分はもう死んでしまって、墓場にはいりこんだのじゃないかと思ったくらいです。あのときはじつにこわかった」
「うむ、そうだったろうねえ」
と塩田大尉は大きくうなずきました。
「――それからですよ、帆村おじさんの活動がはじまったのは。おじさんは、怪塔の二階をいろいろと苦心してうかがいましてね。怪塔の中には、怪塔王のほかに、妙な筒の中に黒人が住んでいることをさがしあてたんです。黒人は、怪塔王のいいつけなら、どんなことでも素直にはいはいときいて、機械をうまくあやつるのです」
「ほう、そうか。よし、なかなかいいことをしらべてくれた」
「――そのうちに帆村おじさんは、僕をぜひとも逃してやりたいといいました。僕はひとりで逃げるなんていやだとことわったんですけれど、帆村おじさんは、お前が逃げ出して、塩田大尉などに大事なことを知らせてくれないと、怪塔王はいつまでも暴れ、軍艦などに害をあたえるというので、僕はようやくいうことを聞きました。そして帆村おじさんが、鉄の窓わくを永い間かかってこわしてくれたので、その狭いところから、外へとびだしたんですが、そのとき足に怪我をしました」
「もうそれだけかい。帆村君からの言づてはほかになかったかい」
「いや、一つ重大な言づてがありますよ」
4
「なに、帆村君からの重大な言づてって、どんなことだい」
と、塩田大尉は一彦の手をしっかりと握って、聞きかえしました。
「それはね――」
と、一彦はしばらく目をとじて、じっと考えていました。この言づてはよほど重大なことでありましたから、、帆村からいわれたとおりまちがいなく大尉に伝えねばならぬと大事をとっていたのです。
「そうだ、帆村おじさんはこういってましたよ」
「ふむ――」
と塩田大尉はかたくなって聞いています。
「それはね、大利根博士にぜひ会ってくださいって。そして大利根博士の体に、なにか変ったことがあるかないか、ぜひともそれを調べておいてくださいって、いってましたよ」
「ふん、ふん。大利根博士に会えというんだな。そして博士の体に変ったことがないか調べてみろといったんだね。うむ、よくわかった。やっぱり帆村君は、なかなかの名探偵らしいぞ」
と、塩田大尉はなにごとかをひとりでもってしきりに感心していました。なにか大尉の胸におもいあたることがあるのでしょう。
一彦少年の、怪塔にとじこめられていたあいだのこまかい話は、それからそれへと、なかなかつきませんでした。
怪塔から発せられたあの無線電信は、やはり帆村探偵が出したものであることがわかりました。どうしてまた無線電信機を手に入れたのかと、大尉はびっくり顔でありましたが、一彦の語るところによると、帆村は一階のあのがらくた倉庫の中から、一つの壊れたラジオ受信機をさがし出し、その配線をかえて短波の送信機になおし、幸《さいわい》に切れていなかった真空管と電池があったので、あの通り送信がやれたのだそうです。
5
「ぜひ、大利根博士に会ってくれ!」
一彦がもってかえった帆村探偵の言伝《ことづて》は、塩田大尉の胸をたいへんいためました。
そういう急ぎの用事なら、なぜ怪塔の中から無線電信で打って来なかったのであろうかと、大尉はふしぎに思っているのです。怪塔の外へ出したけれど、はたしていつ大尉に会えるやらわからない一彦に、この重大なことがらを、言葉で伝えさせようとした帆村探偵の心には、なにかわけがありそうです。
塩田大尉は考えた末、無線電信などでこのことを空中に発すると、それが大利根博士に知れて具合がわるいのであろうと思いました。つまり大利根博士に会えと帆村がすすめたことは、あくまで博士に知れないようにしなければならぬということだと思いました。なぜ知れて悪いのか。それはいずれ後になってわかってくる事でしょう。
塩田大尉は、かたい決心をしました。
一彦にも、帆村探偵が大利根博士を訪ねよ、といったことを秘密にして、他人に喋らないよう約束させました。
そのかわり、大利根博士に会いにいくときには、かならず一彦をつれていくと、大尉の方でもお約束をいたしました。
こうなると、大利根博士に会うということは、たいへん重大なことになりました。
そうこうするうちに救護隊が山をのぼって来ました。
一彦の足の傷は、本職のお医者さまが見てすぐさま治療してくれました。かなり出血があり、そして足首のところで骨がはずれているということでありました。でも当人はたいへん元気だから、この分なら間もなく元のようになおるであろうといってくれたので、みなみな安心をしました。
救護隊は一彦を担架《たんか》にのせ、山をくだることになりました。一彦は命を助けてくれた炭やき爺さん木口公平《きぐちこうへい》にあって、お礼をいってそこを出立しました。
入院
1
怪塔ロケットがしずんだ海面は、あいかわらずわが駆逐艦隊によって、たいへんきびしい見張《みはり》がつづけられていました。また潜水艦や潜水夫までがでて海の中を一生懸命にさがしましたが、怪塔ロケットはどこへいったか、まだ行方がしれません。
捜索隊はいろいろとやり方をかえて、あくまで怪塔ロケットをさがしあてるのだと、はりきっていました。
こちらは一彦少年です。
塩田大尉や救護の人たちのおかげで、山をおりるとすぐ病院にはいり、手あつい治療をうけました。
妹のミチ子へも、さっそくそのしらせがゆきましたので、小さい胸をいため続けていたミチ子は、夢かとばかりよろこびました。そしてお迎えの自動車にのって、何時間もかかって病院に急ぎました。
「ああ兄ちゃん」
とミチ子が病室へかけこむなり、一彦の枕元にかけつければ、一彦は思いのほか元気な顔をもたげて、
「おおミチ子、よく来てくれたね。兄さんの怪我は大したことないんだよ、心配しなくていいんだよ」
「あら、そんなに軽いの。うれしいわ。でも痛むでしょう」
「痛かないよ。すこしちくちくするくらいだよ。あと四五日すれば歩けると、院長さんがいったよ。僕は心配なしだけれど、心配なのは、帆村おじさんだ」
「ああ帆村おじさん! おじさんは、どうして」
「それがねえ、困っちゃったんだよ」と一彦はいいにくそうに、
「僕だけ逃げるのはいやだとおじさんにいったんだよ。だから一緒に逃げようと、いくどもすすめたんだけれど、おじさんは中々聞かないんだ。おじさんはまだこの塔の中でする仕事があるんだといってね、僕いやだったけれど、おじさんのいうとおり一人で報告にかえってきたんだ」
2
「兄ちゃん、帆村おじさんを残して来たことを、そんなに気にしないでもいいわ。誰も、兄ちゃんがいけない子だなんて思う人はなくってよ」
と、ミチ子は兄の一彦をなぐさめるのに一生懸命です。聞くもうるわしい兄妹の仲のよさでありました。
そういうかんしんな兄妹を、こうもくるしめるのは、一体誰のせいでしょうか。いうまでもなく、それは帝国軍艦淡路を怪しい力によって壊し、それから後、いろいろとおそろしいことや憎いことをやっている、怪塔王のせいにちがいありません。
怪塔王と言うのは、一体いかなる素性の人間なのでしようか。いままでに、このことは殆《ほとん》どわかっていません。
一彦とミチ子は、それからのちわずか五日間の短い日数のことでしたが、久万《ひさかた》ぶりに一しょに食事をしたり、歌をうたったり、お話をしたり、また夜は同じ室に枕をならべてやすんだりして、たいへん楽しいことでありました。そのためでもあり、またミチ子の手あつい看護のこともありまして、六日目になると一彦は殆ど普通に歩けるようになりました。ミチ子は一彦が病院の庭を歩く後姿をみまもりながら、うれし涙をこぼしました。
一彦は、もうすっかり元気です。
「さあ、もう大丈夫だ。きょうは塩田大尉が来てくださると言ってたが、もう見えそうなものだね」
「塩田大尉が見えたら、御用があるの」
と、ミチ子は心配そうにたずねました。
「うん、僕はね、塩田大尉と約束がしてあるんだよ」
「約束ってどんなこと」
「約束というのはね、僕を大利根博士のところへつれてってくれると言うことだよ。しかしこのことは、他人に言っちゃいけないよ。帆村おじさんが怒るからね」
そう言っているところへ、当の塩田大尉が軍装もりりしく病室へはいって来ました。
出発
1
「ああ塩田大尉」
「おお一彦君か。おやミチ子さんもいるね。二人ともうれしそうだな――一彦君、よろこびたまえ。今院長さんに聞いて来たんだが、君の傷はもう大丈夫だそうだよ」
三人は、声をあわせてうれしそうに笑いました。
「塩田大尉、僕と約束のこと忘れていませんね」
「え、約束。うむ、あのことか。しかしあのことはまあ、僕にまかせておいて――」
「いやだなあ、あんなことを言っている。僕はどんなにか待っていたんですよ。ぜひお伴《とも》させてください。それが帆村おじさんを救う近道のように思うんです」
塩田大尉は、しばらく無言でいましたが、やがてミチ子に向かい一彦をつれていってもいいかと尋ねました。ミチ子はもちろんそれに賛成しましたのでそれならばと塩田大尉は立ちあがりました。
「僕が心配するわけはいずれわかるだろうが、とにかく変り者の大利根博士のところへいくのは、これでなかなか大仕事だよ」
塩田大尉は二人の頭をなでながら、ほんのちょっぴり、気持を言いあらわしました。大尉は、帆村の言伝《ことづて》を聞いてからのち、いろいろ考えた末、大利根博士を訪問することをたいへん重大に思
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