しょうか。もし地上攻撃をやるものとしたら、帆村と小浜の両人の生命は、いまや風前の灯火《ともしび》同様、じつにあぶないことになりました。二人は、化石のようにじっと伏せをしています。
2
地上攻撃か? あやうい小浜兵曹長と帆村探偵の生命です。
ところが、攻撃機編隊は、あっという間に二人の頭上をとびすぎてしまいました。さいわいに地上攻撃のこともありませんでした。
「あ、助った」
帆村は首をあげて、飛行機のとびさったあとをふりかえりました。
「おい帆村君、今の飛行機は、かならずもう一度ひきかえしてくるから、そのときは、一生懸命に手をふって味方に合図をするんだぞ。機上でこっちを正しく見つけてくれれば、きっと手をかしてくれるだろう」
「そうですか。よろしい。僕は一生懸命機の方へ信号します」
そういっているうちに、なるほど、ふたたびはげしくプロペラの音が近づいて来ました。この機会をにがしては、味方の飛行機はどっかへ行ってしまうとおもった小浜兵曹長は、帆村をうながしてあらんかぎりの声をだし、地上に手足をばたばたうごかして、こっちのいることを機上へしらせました。
その瞬間に、編隊はまたものすごい音をたてて、二人の頭上をすれすれにとびさりました。
(さあ、どうなる。うまく機上の戦友に通じたかしらん?)
そう思っているうちに三たびプロペラの音がきこえはじめました。こんどはさらに低空飛行です。そのうちに、プロペラが空中ではたととまりました。
「あ、着陸だ」
兵曹長は、一散にかけだしました。
「え、着陸しますか」
それを聞いて帆村もつづきました。
攻撃三機は、みごとに砂上に着陸しました。そして、ぐるっと舵《かじ》をまげて、二人の方へ近づいて来ます。機上からは、戦友がしきりに手をふっています。兵曹長は感きわまって、おもわず眼をくもらせました。
3
「おい、帆村君、はやく来い」
小浜兵曹長はそういいすてて、いましも着陸したわが攻撃機の方へむかって走りだしました。
兵曹長は、戦友の姿をみると、もうじっとしておられなくなったのです。帆村探偵も、兵曹長の心をくみとってつづいてかけだしました。
「おうい、おうい」
見事に着陸した三機編隊の攻撃機からは、わが空の勇士が地上に下りて、兵曹長たちの方へしきりに呼びかけています。
「おうい、いま行くぞ」兵曹長はいさみたちました。
「帆村君、はやく来いよ」
兵曹長の眼はかがやき、胸はおどります。この白骨島に不時着してからこっち、おもいがけなく戦友の姿をみたものですから、これほどうれしいことはありません。やがて、人影はだんだん大きくなりました。
「おお、小浜兵曹長! よく生きていたなあ」
そういって飛行服の勇士の一人がずかずかとよって来ました。それをみると小浜兵曹長は、
「あっ、塩田大尉! 上官でありましたか」
とさけびました。うれしさのあまり、両眼からは熱い涙がどっと湧《わ》きいでました。だきつきたい心を一生懸命おさえて、兵曹長はその場に気をつけをして、さっと挙手の礼をおこないました。
塩田大尉は、たいへん満足そうに敬礼をかえすなり、兵曹長の手をしっかり握り、その逞《たくま》しい肩をたたいて、
「よくまあ無事に生きていたなあ。貴様からの無電が艦隊にはいって来たときには、それを聞いて皆《みな》泣いてよろこんでいたぞ」
といって、大尉がうしろをふりかえると、そこには待っていたなつかしい隊員が、わあっといって小浜兵曹長のまわりをとりかこんで、抱かんばかりのよろこびです。兵曹長はこのとき、姿勢を正し、
「それにつけても、残念なのは、青江のことです。青江を殺して申しわけありません」
4
「青江は気の毒なことをしたなあ。しかし仕方がないよ、戦争なんだから」
塩田大尉は、小浜兵曹長の肩をたたいて、慰《なぐさ》め顔にいいました。
「小浜は、彼のかたきうちをするつもりでいましたが、こんなことになって不時着し、飛行機をこわしてしまいました。それからこっち、帆村探偵がいろいろと元気をつけてくれたのです。おお、帆村探偵、一しょについて来たと思いましたが、そこらにいませんか」
帆村探偵は、どこへ行った?
「ああ、あそこにいるのが帆村じゃないかね」
塩田大尉の指さしたところを見れば、はるか三百メートルほど向こうにおくれて、帆村探偵が地上につきたった大きな筒を、しきりに引抜こうとしているではありませんか。
「あれは帆村探偵です。なにをしているのでしょうか。ちょっと見て来ましょう」
小浜兵曹長がかけだすと、塩田大尉たちも、それについて、帆村のいるところへ一散ばしりです。
「おい、どうした帆村君」
「ああ、小浜さん、ああ塩田大尉、よく来てくださいました。御挨拶はあとにして、これをみてください。たいへんものものしく大きいが、空からなげおろした通信筒のようです」
「なに、通信筒か」
「はい、いま引抜きます」
つねに目ざとい帆村が見つけだしたその通信筒からは、なにが出て来たでしょうか。彼は筒の中から一枚の大きな紙をみつけてひろげました。あけてみるとびっくりです。それは、血で書いた奇妙な文字の行列です。
「なんだ、これは」
「おお、これは怪塔ロケットの中にいる黒人が書いてよこしたものです。文を読みますと――スグ丘ノ小屋ノ積藁《ツミワラ》ノ下ニアル導火線ノ仕掛ヲ取リノゾカナイト、ワガロケットガ、ソノ上ヲ低空飛行シタノチ、一分以内ニ全島ガ爆破スル、注意セヨ。黒イ鳥」
天罰
1
全島爆破の導火線!
それが、丘のうえの小屋のなかに積みかさねられた藁の下にある!
なんというおそろしい仕掛でしょう。しかも怪塔ロケットがやがてこれにちかづけば、わずか一分のうちに爆発するというおどろくべき黒人からのしらせです。
「さあ皆さん、ぐずぐずしてはいられません。飛行機はすぐ滑走できるように用意をしてください。僕はこれからあの丘をのぼって、小屋にかくされている全島爆破の導火線を切ってまいります」
そういいすてて、帆村探偵はすぐ走りだしました。
「おい、帆村君、待て」
とさけんで、そのあとを追いかけたのは小浜兵曹長でした。
「君ばかりはやらぬ。俺も共に行く」
そういっているときでありました。天の一角に、ぶうんと怪しい物音。まるで腸《はらわた》をかきまわすようなその怪しい音は、まさしく怪塔ロケットがこっちへ飛びもどってきたらしいのです。塩田大尉ははっとして、
「おい、小浜兵曹長、それから帆村探偵もこっちへかえれ、もう丘の上へ行っているひまがない。早く飛行機にのれ。おい、はやくこっちへ帰ってこい」
と、さけびました。
大尉の命令がでたのですから、もう仕方がありません。二人とも廻れ右をしてかえってきました。
「あれをみよ。怪塔ロケットがこっちへ近づくぞ。はやく飛行機へのりこめ。下手をすると、滑走しているうちに、この島が爆破するかもしれない」
塩田大尉の命令一下、全員は攻撃機にのりこみました。小浜、帆村の二人は、二番機に席をあけてもらって、そこへ乗りました。プロペラは廻る。三機の攻撃機は、編隊もあざやかに地上を滑りだしましたが、そのとき怪塔ロケットのびっくりするほど大きな姿が目の前にありました。
2
攻撃機は編隊飛行もあざやかに、白骨島を離陸して、空中にとびあがりました。
編隊長機からは、塩田大尉が無電をもって、二番機と三番機にひっきりなしに命令をつたえています。
「総員、戦闘配置につけ」
二番機では、無理にのった帆村探偵は、操縦席についている小浜兵曹長のうしろに、できるだけ体を小さくして、つかまっています。はげしい風が、帆村探偵の鼻や口を真正面からひどくおしつけ、そのくるしさといったらありません。
「二番機は、丘の上を向こうへこえて反転、怪塔ロケットの前面を上空から押さえろ。三番機は、編隊長機につづいて、怪塔ロケットを襲撃!」
命令とともに、二番機はただちに編隊列をはなれました。そして導火線の埋っている丘の上空をとびこえて、やがてあざやかな反転にうつりました。
そのとき塩田大尉の編隊長機と三番機とは、全力をあげ、ほとんど垂直上昇で、進みくる怪塔ロケットの上に出ました。
そこへ怪塔ロケットは、もうもうたる白いガスを尾部からふき出しながら、舞いおりてきました。黒人が知らせてきたとおり、怪塔王はいよいよ丘の上に近づいて、白骨島爆破の導火線を磁力砲の力で点火しようという考えとみえます。
タタタタン、タタタタン。
挑戦するように、上からは編隊長機と三番機の機銃射撃です。怪塔王は、ガラス窓のところにものすごい形相の顔をつき出し、
「うぬ、邪魔をするか。機銃の弾丸など、何の役に立つものか。この磁力砲でもくらえ」
と、猛烈な磁力を怪塔の尖端から出しますと、紫の光がさっと空中を流れて上へ!
あぶない編隊長機と三番機! そのとき、それを待っていましたとばかり、塩田大尉はあべこべ砲のスイッチを入れました。
3
あべこべ砲のスイッチの入れかたが、もうすこし遅かったら、塩田大尉ののっている編隊長機も、三番機も、翼をもがれて墜落のほかありませんでした。しかし一足お先に、あべこべ砲がつよい磁力の流《ながれ》をおさえて、それを地上へはねかえしました。
「あっ、こいつはあぶない!」
叫んだのは、怪塔王です。自分の放ったつよい磁力が、向こうからはねかえってきて、いましも彼がのぞいていた窓をあっという間にとろとろにとかし、大穴があいて、そこからつよい風がふきこんできました。塔内の機械が、がたがた鳴り、体の軽い怪塔王はふきとばされそうです。
「ううー、なに負けるものか」
怪塔王は歯をくいしばり、さらに下舵《さげかじ》をとって、怪塔ロケットの頭を下げ、向こうへ逃げようとしましたが、そのとき、
「待っていたぞ。小浜兵曹長はここにおる。青江のかたきだかくごしろ!」
と、小浜機が正面からつきかかってきました。怪塔王は磁力砲をそっちへ向けましたが、それはすぐはねかえってきました。
「ざ、残念! わしの発明したあべこべ砲で、こうもひどくやられるとは!」
怪塔王は、まっ青になりました。もうのがれる道はないかと下を見れば、ちょうどいいあんばいに、例の丘のうえをすれすれにとべば向こうへぬけられそうです。
「うん、しめた。あの道一つだ!」
と、舵をひねって、ひゅーっと燕《つばめ》のように丘の上にまいさがり、いまそこをとおりすぎようとしたとき、丘は天地もくずれるような大爆音もろとも爆発してしまいました。空は一面火のかたまりです。下からふきあげる岩や泥は、まるで噴火山のようでありました。怪塔の胴中が、まっ二つに折れたところだけは見えましたが、それから先どうなったかわかりません。焔と煙とが、すべてを包んでしまいました。
4
怪塔王の最期!
白骨島の爆発は、なおもそれからそれへとつづき、天地はいよいよくらく、地獄のような火は島の上を炎々と焼きこがしていきます。怪塔王の体はおそらくもう煙になって天へのぼってしまったことでしょう。
怪塔ロケットを撃ちまくっていた攻撃機の乗組員たちは、すんでのところで、怪塔王のあとを追うところでしたが、正しい者をまもりたまう神の力によって、もうすこしというところで難をまぬかれました。しかしさすがの勇士たちも、しばらくはどうして舵をひいたのか、操縦桿をうごかしたのか、誰も覚えていなかったといいます。気がついたときは、五千メートルの上空を、くるくると木の葉のように舞っていたということです。大爆発とともに、めいめいに空高くふきあげられたものらしく、機体がこわれなかったのがふしぎでした。
なぜあのような大爆発が起ったのか?
それは怪塔ロケットの放った強い磁力が、あべこべ砲のためにはねかえされ、怪塔ロケットが丘をこえるよりも一分前に、すでに導火線には火がついていたのです。そしていま爆破するというときに、怪塔ロケットが自
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